ぽろろんぱーぶろぐ

pororompa.exblog.jp

ブログトップ | ログイン

semスキン用のアイコン01 <   2011年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 しばしの余韻 semスキン用のアイコン02

  

2011年 03月 26日

e0006692_22185995.jpg 金曜日が修了式というのは、気分的にはいい。一年間の仕事を思い、余韻に浸るには。

 とは言っても、誰もが思う通り、あの3・11から頭に重い雲が垂れ込めている。仕事から解放されかけてみると、そのことがいっそう鮮明になる。

 だが、遠く離れて募金するぐらいしかできない人間が、一緒になって思い詰め過ぎるのもよくない。そう指摘している人もいた。そうかも知れない。目を背けるということではなく、自分の心のケアも考えよう。

 今日は、いろいろ音楽をかけながら、軽い仕事をした。写真や音楽のデータを、全員に配るために、DVD-Rに焼いた。今日初めて気が付いたのだが、文集をPDF化するという手がある。もちろん紙の文集はそれはそれで作るわけだが、デジタル化してカラー版にするのもおもしろい。今年のやこれまでのものは、白黒にして作っているので無理だが、来年からはそうしたい。

 いやいや、来年のこともいい。まずは休憩だ。

by pororompa | 2011-03-26 22:35 | 本業方面 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 278】 アマデウス四重奏団+K・ライスター(cl) / ブラームス:クラリネット五重奏曲 semスキン用のアイコン02

  

2011年 03月 20日

e0006692_239366.jpg 「音盤的」な日々でなんぞあるはずがない。まともな日本人ならみなそうだろう。この十日間、信じたくないような絶望的なニュースを浴びながら、年度末の仕事をこなし続けてきた。延々と続く海辺の町がどこもそこも壊滅だなんて。そんなことが本当に起こるなんて。深刻な原発のニュースを毎日見続けた妻はノイローゼのようになっている。

 それでもとにかく目の前の年度末の仕事を片付けていった。破壊された学校、いなくなった人々、評価とか記録とかが意味を成さなくなって、どうやって今日、明日を生きるかという話になっている。あらゆる丁寧な仕事が無意味なような空しさを覚えるけれど、ともかくも遠い南九州のぼく達は、状況の好転を祈りつつも日常生活を必死に続けていくしかないわけだ。

 通知表、文集と終えて、休憩がてらテレビを眺めていたら、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の代表の方が記者会見されていた。危険を承知で原発に水をかけに行った人達だった。人助けのプロの中の、そのまた精鋭達の、優れた分析と判断、勇気ある行動、率直な心情が、生々しい言葉から強く感じられた。

 電力会社の作業員の方や、自衛隊の隊員も含めて、危険な現場に向かった人達の命を賭けたがんばりは賞賛されなければならない。もっともっと讃えられ、多くの尊敬を集められていい。

 「誰も行きたくない、でも、誰かがいかなければならない」、ここに原子力というものの危険性が端的に表れている。誰だっていやだ。でも、誰かがいかなければ。隊員の気持ちが分かっていた隊長さんの涙にそれが表れていた。こうなると、すぐ戦争の時なんかと同列に論じる論調が表れるだろうが、本質的に違っている。人を倒しに行くのではなく、人を助けに行くのだ。

 疲れた心や体の慰めに、この音楽をかけた。このCDは、ぼくの好きなモーツァルトのクラリネット五重奏曲も入っているけど、今日は物悲しいブラームスの方だ。音盤的な日々ではないけれど、今の気分には合った。星は付けないでおこう。なぐさめにはなった。

*Youtube 福島第一原発 東京消防庁記者会見

by pororompa | 2011-03-20 23:54 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 277】 THE MODERN JAZZ QUARTET / DJANGO semスキン用のアイコン02

  

2011年 03月 06日

e0006692_16304025.jpg 毎年のブログを見ると、3月第1週の週末はまだ仕事に取りかからず休養していることが多いようだが、今年は転勤の可能性を考えて早めに取りかかっている。今日は成績一覧を作り、文集作りに取りかかり、校内放送の準備をした。

 音盤の方は2月の終わりはクラシックを集中的に聴いた。その延長で久しぶりにLPを聴いて、また、針の掻き出す瑞々しいアナログの音に、今さらながら深い衝撃を受けた。MJQの「ヨーロピアン・コンサート」だった。思わず聴き込んでしまう音楽が、そこで鳴っている。便利なCDをメインに聴いて二十年も経つのに、ついぞ捨てる気にならなかった、それどころか、一度もデジタル音に負けることはなかったその音だ。

 このプレスティッジの「ジャンゴ」は、あまり好きではない盤だった。アルバムを聴いた時、なぜ好きか、なぜ嫌いか、その理由はよく分からなくても、その印象は聴いた時に即時、明確に出る。そしてその印象が変わることは、滅多にない。

 ところが今日、この盤のB面を聴き終えた時、このアルバムもいいと初めて思えたのだった。そうか、A面が好きではなかったのだ。ややテンポの遅い「ジャンゴ」は、「ピラミッド」や「ヨーロピアン・コンサート」の方がいいし、「ラ・ロンド」や「ワン・ベース・ヒット」も面白くない。でもB面のしっとりした歌物はなかなかよかった。

 もう少し生活にゆとりが出てきたら、LPをじっくり聴こうと思っている。所詮デジタルのデータは、データでしかない。形は、在って無いようなものだ。今のmp3化やオンライン購入などで、より本質が見えてきた。

 時々、低いうなり声が聞こえる。うなり声? MJQにうなり声が聞こえることにぼくは初めて気付いた。ミルト・ジャクソンだろうか。いや、映像で観ると口をもぐもぐさせているジョン・ルイスではないだろうか。MJQの音楽も、ノイズを取り去った「きれいきれい」の音楽ではない。取り澄ましたように見えるジョン・ルイスの、生々しくて厳しい創造の瞬間の呻吟を聞いたような気がした。
e0006692_16553954.gif

by pororompa | 2011-03-06 17:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)