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semスキン用のアイコン01 名将を得て (アジア・カップ2011優勝) semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 30日

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 まだ優勝の余韻から覚めていない日曜日である。これまでのアジア杯の4度の優勝、全て見てきたが、劇的な幕切れでとりわけスカッとした優勝だった。

 誰もが口を揃えているが、この大会で選手の誰よりも目立っていたのは、監督ザッケローニだろう。

 勝てる采配も見事だが、勝てばよいというものではない。例えば以前韓国やオーストラリアを指揮していたヒディンクみたいな感じの人では、日本ではここまで熱い支持を得られなかったのではないか。いや、ヒディンクも実際なってみればいいのかもしれないが、このザッケローニという人の醸し出す何とも言えない「人間味」が、見事な結果と相まって、ひときわ強烈な印象を与えている。

 特に感心したのは、途中で離脱した選手だけではなく、優勝インタビューの場で、出場機会の無かった選手について言及したことである。よく、戦う集団は「なかよしクラブ」ではないと言われるが、殺伐な競争オンリーの集団でも駄目なのである。競い合いながらも互いに尊敬しあい、いい雰囲気を作り出していく集団、そんな集団は強いし、そんな集団で勝てばより大きな感動が生まれるのである。

 選手への信頼を繰り返し口にする監督だが、川島のミスをあげつらう記事の多い中で、「君への信頼は揺るがない」、これは印象的な言葉だった。実際川島のそれからの活躍は凄かった。これ聞いて意気に感じないはずはないし、かなり効いたと思うね。この監督、今後サッカー界を超えて、「理想の上司」とか、「優れた指導者のあり方」とかで話題になっていく可能性が高いんじゃないかな。

 戦術やサッカーの内容で言えば、「無駄なボール・ポゼッションが多い」と一言で日本の問題点を指摘した。これを聞いた時点でこの監督を信用したけど、その後も度々顔を出す選手の「ポゼッション病」をだんだん修正しながら、短い期間で攻めを鋭くした。それがあの決勝点にも出ている。韓国戦の延長後半でのあのカテナチオ失敗をオーストラリア戦で繰り返さず、中盤の弱さと放り込み対策を1人の交代で解決した采配(選手からの提案だったという話もあるが、それを柔軟に受け容れる姿勢も含めて)なんか、もう見事と言うしかない。

 さあ、「当たり」の先生を逃がしたらいけませんよ。サッカーの深ーい面白さを、今からいっぱい教えてくれそうです。ほんとにいい先生が来てくれました。いい先生は子どもたちの笑顔を増やし、楽しませながら成長させ、結果も出して反対者も黙らせ、いつか味方にしていくものです。これはアジア杯優勝以上の収穫ではないでしょうか。呼んで来た原さんもグッ・ジョブです。 

by pororompa | 2011-01-30 16:32 | TVサッカー観戦記 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 274】 THE CARPENTERS / 22 HITS OF THE CARPENTERS semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 23日

e0006692_14473169.jpg 休養を決め込んだ。つらい一週間だったからだ。特に喉の痛みが取れない。

 思えば先週の休日は作品集の仕上げにかかりっきりだった。心は充実して楽しかったけれど、体は仕事をしていたようなものだったのだろう。サッカーのアジア・カップも佳境に入っていた。負けたら終わりの状況で夜中までハラハラの展開は、楽しくはあるけれど疲れる。

 尋ねてきた甥っ子が、こういう歌の題を探していると言って口ずさんだのは、「Sing」のイントロだった。「それなら持ってるよ」ということで、すぐに棚から取り出したのが、このカーペンターズのベスト盤である。

 「これ、'70年代の曲ですよね」という。「そうだよ。君、何年うまれだっけ?」と聞けば、「’92年です」というので、「どうしてこの歌が浮かんだの?」と聞いてみた。古いゲームの中でBGMで出てきたらしい。

 この盤はベスト盤にしては曲の並びが少し変わっていると前から思っていた。1曲目が地味だし、地味目の曲がいきなり続く。「イエスタデイ・ワンス・モア」を聴こうとしたら最後まで待たなければならない。聞き覚えのなかった1曲目は「青春の輝き」という曲で、その頃はやっていたテレビ・ドラマに使われていたらしい。

 カーペンターズに感動したことはない。若い頃は、破綻のないその完璧さが退屈だった。でもやはりうまい。この、音楽的なうまさというのは、時代を越えて耳の中に直で入り込んでくる。娘や息子が、「何と歌のうまい人」かと驚いたものだ。

 今日のような、軽い抑鬱状態で安らぎを求めているような日曜日には、しっくりきた。何だかんだ言っても、この完成度はやっぱりすごい。
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by pororompa | 2011-01-23 15:10 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 第4集ライナー・ノート semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 16日

 第4集に付ける自作解説です。このままということはありません。今後書き換えるでしょう。草稿です。

 【このアルバムを聴いてくださる方へ】

 作品集「よかったね」を聴いていただき、ありがとうございます。
 このアルバムは、2005年から2011年までの作品を集めたものです。2005年4月に高岡小から広瀬小へ転勤となりましたから、これはちょうど広瀬小学校に勤務した時代の作品集ということになります。
 広瀬小に来て最初の3年間は、久しぶりの高学年担任でした。高学年でもそれに合わせた歌はできなくはありませんが、音楽も専科ですし、やはり低学年ほどの「需要」がありません。多忙と私事でいろいろあったことも重なって、歌作りが停滞せざるを得ない時期でした。
 そんな中で、「歌声創作交流会」という会に参加させてもらい、長崎県の作曲家、園田鉄美氏に指導や助言をいただいたことは大きな収穫でした。その会は、課題詞にそれぞれが曲を付け合う会でした。この中にも、課題詞として提供して他の方がそれぞれ曲を付けられたりしているものもあります。なかなか刺激的な体験でした。
 広瀬小4年目から、2年・3年・1年と、また下の方の担任が回ってきて、以前は毎年続けていた運動会のダンス曲作りを再開しました。
 そうした作品が、ようやくアルバムを作るほどたまってきたのですが、肝心の歌い手がいないと作品にはなりません。私の作品集作りに不可欠の存在である歌い手達、娘と息子が、2010年の正月にそろって帰省した機会に、何曲かまとめて録音してくれました。特に、子どもの歌の曲調から娘の春佳に歌ってもらうことが多いのですが、第1集時代は小学生、2集は中学生、3集は高校生だった娘が、今回は大学アカペラサークルで鍛えた歌声を披露してくれています。父親の作品とは言え、大人になっても快く歌ってくれたことに我が子ながら感謝の気持ちです。
 それでは、曲ごとに、それぞれの歌にまつわる思い出をご紹介しましょう。

1.よかったね

 発芽からまた種ができるまでの体験は、生活科や3年生の理科の中心的なテーマです。種子、この小さい物の中に、生き物の仕組みが詰め込まれている不思議さを、繰り返し体験させなければなりません。
 2年生担任時代に、「野菜作りを苗からではなく種から」と頑強に主張して、同僚を困らせたことがありました。私のクラスだけ種子から育てることになり、野菜の生長に合わせて、子どもたちはこの歌を歌いました。単純な歌ですが、ストレートに入ってくるのか、子どもたちは好んで歌いました。
 その次の3年生を受け持った時、前奏や間奏にリコーダーで吹ける音を取り入れてみました。

2.おじいちゃんちのゆずの木

 息子が小学校に入る頃、私は旧南郷村の水清谷小に勤めていました。その家の裏に、大きな柚の木がありました。
 山間の村々はどこも人口減が大きな問題です。水清谷小も2010年度を最後に廃校となりました。そんな小さな村も、祭りや正月には一時的に人が増えたりしました。一方、町の学校に来てみると、そんなおじいちゃんやおばあちゃんの住んでいる村に行ったことが、よく子どもたちの日記に書かれていました。
 田舎での体験、じいちゃん、ばあちゃんとの触れ合い、そして別れさえも、小さい子どもたちの成長の大きな糧となっているのです。

3.バタフライ

 3年生担任時代に、運動会ダンス曲として作りました。昆虫の一生も3年生の理科の中心的なテーマです。蝶の一生を子どもたち自身の一生に重ね合わせてみました。
 曲調は、昔のピンクレディみたいな感じでしょうかね。今でもカラオケに行きますと、昔娘だった皆さんの定番曲として盛り上がったりしますが、やっぱりポイントを押さえて作られているなあと思いながらいつも聴いています。
 次の年、家庭訪問に行ったら、あるお父さんに、「コウダクミのバタフライかと思ったら、先生のバタフライじゃった。」と笑われましたが、その歌を知らなかった私でした。よくある曲名なのかも知れません。
 娘はパンチのあるボーカルを披露してくれて、録音の時に驚きました。だてに大学サークルで歌ってはいなかったようです。

4.浦島太郎になろう

 その前の年の2年生担任時代に、運動会ダンス曲として作った曲です。曲想そのものは広瀬小に転勤した年に思いついていました。それは、「ウミガメが環境破壊に文句を言うレゲェ」というコンセプトでした。それをより印象付けるために、カメを助けた先人の浦島さんをお借りしました。
 昔話に、「動物報恩譚」というジャンルがあります。昔の人の、生き物への優しい眼差しが感じられて好きです。残酷なだけが人間の本性ではありません。いつの時代にも、必ず情けがあります。けれども、戦争の時代や、荒んだ時代には、それが前に出てきません。「生き物に優しい目を向けろ」、それは人のためのメッセージでもあり、平和教育でもあるのです。
 でも、「浦島太郎」はやっぱり「玉手箱」のイメージが強烈です。そこで、一番最後に、小さい声で、「あ、でも玉手箱どうすんの?」とボケてみました。これが子どもに大受けでした。

5.風のタンゴ

 これは高岡小勤務時代に発想しています。「町の役場にはためく旗」というのは、学校の前に町役場があったためですし、裏も神社でした。
 これは分かりにくい詞になっています。難解な詞の歌はけっこう多いものですが、難解な歌のいい所は、読む人によって勝手にいろいろ解釈されることです。そこで私も、この歌についてはいろいろ解説して解釈を限定したくありません。いろいろなイメージの断片から、秋の風情を味わっていただければそれでいいと思います。
 この歌はまだ実践で使ったことはありません。この歌を高学年に歌わせた方がいらっしゃったら、どんな感じだったか知らせてくださるとうれしいです。

6.今が春

 これは、広瀬小2年目、5年生を受け持った時に、「1年生を迎える会」用に作ったものです。歌詞は1年生というより、歌う側の5年生用という感じです。
 この年の5年生は、明るく芸達者な子どもたちが多く、歌だけ聴くとちょっと陰りのある歌ですが、にこにこと踊りながら歌ってくれて、大変うまくいった覚えがあります。
 「さあ今が春~、上着を脱いで~」という所で、実際に上着をパーッと脱ぎ捨てた演出が大受けでした。
 心情的には、前の年の水害を乗り越えて、大学に進学して行った娘へのはなむけの意も込めて書いた曲です。

7.いばるなニンゲン

 広瀬小6年目、1年生の運動会ダンス曲として使いました。元々は早くにできていて、「歌声創作交流会」の課題詞にも提供したことがあります。
 5年生で環境問題の調べ学習をした時、「アホウドリ」を調べたりょう君が、「先生、アホウドリという名前は、アホウみたいに簡単に捕まるからついたそうです。」と言いながら戻ってきました。それを聞いた時、何か言いようのない激しい怒りが湧きました。何という傲慢な人間どもか。
 そして私は、言葉のしゃべれない動物達の応援歌、彼らの弁護士として一気にこの歌を作りました。
 それまで音楽にまるで興味を示さなかった1年生の子どもが、この歌だけは気に入って歌い出したという話を聞きました。こういう話は作者にはとてもうれしいです。

8.のらねこのポコ

 このアルバムの中で、一番最後、2010年の秋に作った曲です。風呂の中で急に思いつき、詞の大部分をその日に書き留めました。
 猫の住みにくい町は、人も住みにくいと私は思います。猫に寛容でない町には住みたくありません。これは、優しい人がいっぱい住んでいる町で暮らしている猫の歌です。猫は騒ぐもの、犬は吠えるもの、必ず人にどこかで役立っているから、世界中の町で人とともに暮らしてきた。そういう思いを込めた歌です。

9.フリーダム・ワルツ

 6年生を久しぶりに受け持って、歴史を教えるのが楽しみでした。けれども、人の歴史は、知れば知るほど苦難の歴史です。一通り教え終わった時、私の中でこの歌が生まれました。
 きっと子どもたちは歌わないでしょうし、子どもの歌でさえないかも知れません。けれども、子どもたちとの学びの中から生まれた歌として、この歌を収めました。

10.笑顔で帰ろう

 運動会の後、解団式というのがあります。負けた団の解団式で、重苦しいリーダーの言葉が続いていました。そんな中、最後にマイクを握った5年生のさとし君が、「負けたけどがんばったんだ。みんな、笑顔で帰ろう!」と言ったのです。テレビで誰かが言った言葉だという人もいましたが、ふさわしい場面で効果的に使われた言葉は、とても印象的でした。
 そこで私は、その後にあった市の合唱コンクールに、このことをテーマにした詞を書いたのです。 その1年前に、水害が我が家を襲いました。その時、コンピュータとともに、いくつかの作品が失われました。この曲は、その失われた中の1曲を、記憶を頼りに再構成したものです。

11.思い出(八月十五日)

 この歌は「子どもの歌」でもありませんし、詞も私の詞ではありません。2006年の「歌声創作交流会」で、「課題曲」として提供した曲に、何人かの方が詞を付けられました。その中で、北九州の吉田素子さんという方のこの詞が、最も印象的な詞としてその場の出席者から選ばれました。
 この歌は、「涙そうそう」が世代を越えて受け容れられているのを見て、5音階を主体にした親しみやすい曲をと考えて作ったものです。ところが付けられた詞を見て驚きました。戦時中の体験を歌った歌になっているのです。
 詞を読めば分かるように、吉田さんは「軍国少女」として終戦の日を迎えられた方です。少女時代の記憶と反戦への想いが、「戻りたいあの日 戻りたくないあの日」という言葉に見事に表現されています。戦争を知らない世代には決して書けない生々しい詞を得て、私の軽い曲がぐっと深みと重みを増しました。初めはあまり感じませんでしたが、歌うたびにじわじわとそのことに気が付き始め、今では自分でも大変気に入った歌となりました。
 この「松田惣一郎 子どもの歌」からは外れますが、この歌の普及を願って、「ボーナス・トラック」として付け加えました。

 さて、これが私の第4作品集の全曲です。CD-Rの形の時だけ協力金を500円いただいていますが、各自でダビングされたりするのは自由です。楽譜も清書してネットに上げようと思っています。
 多くの方に広がり、どこか見知らぬ所で子どもたちが歌ってくれたりする、それこそが作者の最大の喜びです。

by pororompa | 2011-01-16 16:19 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 全曲一応形になる semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 16日

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 子どもの歌第4集「よかったね」、一応全曲揃った。「完成」と書けないのは、まだ聴き直して曲順の変更や、別バージョンへの差替え、修正などがあるからだが、とりあえず形になったのはうれしい。

by pororompa | 2011-01-16 00:54 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 最後の1曲 semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 10日

 一日中歌を作り続けた。中田やカズとホンダロックの試合も行かずに、ひたすら作り続けたけど、最後の1曲がとうとう仕上がらなかった。歌ってみたら、重いのだ。長くて暗いし。そこでキーを上げ、途中で転調してもう一つ上げ、間奏を切りつめてテンポも速くした。そこで今日は終わった。

 その最後の1曲は、「のらねこのポコ」。優しい人と触れ合いながら、自由に生きる架空の猫ポコのストーリー・ソングだ。この歌は曲調から言うと娘に歌ってもらうべきだったが、遠くに住んでいるから仕方がない。

 のらねこのポコ
            松田惣一郎 詞・曲

やさしい人がいっぱい 住んでいる町で
やさしい人といっしょに くらしてるポコ

石だたみの坂道は きらいじゃないけど
日の当たる草の上で 春をまつポコ

 夜になると 耳の中で音楽が鳴り
 静かな町の中を 走りぬけたり
 おどってみたり  

町はずれの公園 ひみつのすみかで
暑い夏の日の午後は ねむってるポコ


オナモミを体中に いっぱいつけて
風の吹く丘の上で 遊んでるポコ

枯れ葉ちるころになると さみしくなって
だれかに話しかけて みたりするポコ

 夕暮れには ひとみの奥にお日さまが落ちて
 時間も止まってしまう ような気もして
 ねむたくなって

大好きなおばあちゃんの 足音がすると
いつでもひげがピンと 感じちゃうポコ

 
大嫌いな冬が来て 木枯らしが吹くと
どこかのうちの前で 鳴いているポコ

こわそうなおじさんが 顔を出しても
本当はやさしいこと 知っているポコ

 温かくやわらかな毛布をもらい
 ひさしぶりのごちそう おなかいっぱい
 おいしかったよ

このままこの うちに 住むのもいいけど
やっぱり風の中へ歩き出すポコ

by pororompa | 2011-01-10 23:53 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 273】 BARNEY WILEN QUARTET / NEW YORK ROMANCE semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 04日

e0006692_18125869.jpg 通販でCDを買う時は、2、3枚まとめて買うことが多い。いつも1枚ぐらいは「当たり」であってほしいと思っているが、全部「外れ」ということだってある。全部「当たり」ということはあんまりないような気がするが、年末に買った3枚はどれも「当たり」だった。

 フランスを代表するサックス吹き、バルネ・ウィランの、ワン・ホーン・アルバム。バルネ・ウィランについては昔から知っていたが、買ったのは初めてだ。これもヴィーナスのダブル紙ジャケ1500円盤。このシリーズをずっと試聴していて引っかかった1枚だ。

 アルバムはデューク・ジョーダンの名曲「危険な関係のブルース」で始まる。これがいい。この短調の哀愁メロディで切り出す始まりが、何となくワン・ホーンの名盤、アート・ペッパーの「ミーツ・ザ・リズムセクション」を連想させる。

 でも吹くのはテナー。この人はソプラノやバリトンも吹く人で、このアルバムでもあれこれ吹き分けて、一人で変化をつけている。この曲が10分近くも続き、その次の「クライ・ミー・ア・リバー」が8分半だから、この2曲でLPなら片面だ。この2曲が悪かったらもうこのアルバムは終わっていた。ところがソプラノで奏でるバラードの「クライ・ミー・ア・リバー」がまたいい。

 ライナーを読むと気難しい人だという話だが、ソロのフレーズは甘過ぎず、暴れ過ぎず、メロディにジャズ的な気品があり、すっと入ってくる。正統派という印象だ。バックのピアノ・トリオが締まっているなあと思ったら、ピアノはケニー・バロンだった。ドラムもブラシ主体で音楽を壊さない。

 惜しかったのは後半がやや弱いことだ。バリトンがやや荒い。それに、「マック・ザ・ナイフ」を超スローでやったり、「ユード・ビー・ソー・ナイス…」も「危険な関係」のようにストレートに吹けばいいのに解釈がひねり過ぎてる。ビング・クロスビーで聴き慣れていた「ドント・フェンス・ミー・イン」は面白い選曲だけれど。まあでも前半分の流れは五つ星。音も良く、「当たり」の盤だった。
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by pororompa | 2011-01-04 18:56 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 新年おめでとうございます semスキン用のアイコン02

  

2011年 01月 01日

 明けましておめでとうございます。今年もいつものように週一度程度の更新で続けていくつもりですので、時々のぞいてやってください。

 今年の年賀状を載せておきます。このアマゾンネタは、前に使ったことがあり、言わば「焼き直し」なので恥ずかしいのですが、新作の宣伝も兼ねてまたこれにしました。

 新作が完成してあるように書いてありますが、現物はまだできていません。これに書いてしまったので、今一生懸命仕上げています。やっぱり人間は〆切がないとだめ?
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by pororompa | 2011-01-01 20:27 | その他もろもろ | Trackback | Comments(0)