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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 260】 ERIC CLAPTON / E.C. WAS HERE semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 29日

e0006692_16125020.jpg 気晴らしに今日はクラプトンの’70年代作品6枚を集中的に聴きまくった。聴いた順に、「No Reason to Cry」「Slowhand」「Backless」「E.C. Was Here」「461 Ocean Boulevard」「There's One in Every Crowd」。どれも素晴らしい作品で、改めてクラプトンを見直した。

 その中で、今日特に、「このアルバムって凄かったんだなあ」と思ったのが、このライブ盤「E.C. Was Here」だ。LP時代でA面3曲、B面3曲って、まるでジャズ・アルバムの作りじゃないか。本人がレコードにするなんて予定は全くなしに弾きまくっている。乗った状態のクラプトンの、一番いい状態を凝縮して詰め込んだような作品だ。

 エレクトリックな音というか元々ロックを好まないぼくだが、この人の弾くフレーズはいつも「歌っている」ので好きだ。1曲目から強烈なスロー・ブルース「Have You Ever Loved a Woman」。「女を愛したことあるか」なんてレベルじゃない、親友ジョージ・ハリスンの妻を直談判して自分の妻にしたとか凄まじい女性遍歴のクラプトン。そんな男の説得力ある渋い歌声と、ジョージ・テリーとの壮絶なギター・バトルが炸裂する。いや、炸裂という感じじゃないな。どこか抑制された中に激しく情感のこもったギターソロなんだよな。レコード化に反対していたクラプトンが、これを聴いて同意したらしい。本人も会心のナンバーなんだ。

 2曲目も切々としたバラードなんだけど、バックの女性ヴォーカル、イヴォンヌさんとのデュエットがいい。歌っている内にだんだん乗ってきましたという感じの、「酔いの回り具合」が伝わってくる。これクラプトンの曲なんだね。

 3曲目はアコースティックに持ち替えての「Driftin' Blues」。さすらいのブルースときたか。これもしみじみ系だ。時折聞こえる野郎どもの感極まって騒ぐ声が、いい感じで煽る。これにこっちもつい引きずり込まれる。そして酔いが回ってくる。ゆっくりのブルースなので、ついギターを抱いて参加してしまう。延々11分続くブルースが、長さを感じさせない。

 4曲目がまた素晴しい。「Can't Find My Way Home」。「さすらいのブルース」の後が「帰り道が分からない」。アコースティックを爪弾きながらの、イヴォンヌさんとのデュエット。合間のソロは、どのフレーズも歌心に溢れている。思えばこの人ほどロック・スターらしくないロック・スターはいないだろう。ぼくの嫌いな軽薄なロックはこの人にはまるでなく、素っ気ないほど音楽が剥き出しのままだ。そこが好きだ。

 5曲目もまたまたじっくりのエレクトリック・ブルース。「Rambling on My Mind」、「帰り道が分からない」の後が「わが心の放浪」なんてできすぎてる。いつものことながら、自分で歌いながら自分で合いの手を入れるってのが凄いなあ。そしてギター・ソロ。とにかくライブだから存分にロング・ソロを取る。堪能って感じだね。

 最後だけは軽快なブギ。6曲だけど、腹一杯にしてくれてアルバムは終わる。引き締まった素晴らしいアルバムだ。唯一嫌いなのはジャケットだけ。
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by pororompa | 2010-05-29 17:18 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 259】 ザ・ナターシャー・セブン / 陽気に行こう。 semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 17日

e0006692_22263395.jpg 「人生の危機」という言葉を昨日使ったが、今、郷土に猛威を振るっている口蹄疫こそ、畜産農家にとって「人生の危機」そのものだろう。あまりにも悲惨すぎて直視できない。戦場のようなむごたらしさだ。政府も重い腰をあげたか、今日ヤフー・トップに「首相、1000億円投入を指示」と出ていたが、本当ならば結構なことだ。あの水害の時にいただいた一時金やカンパがどれほどありがたかったか。今我が家は厳しい状態なので金を出す余裕がないのが残念だが、国民一人が1000円カンパするに匹敵するこの額が、本当に苦しんでいる人に早く届いてほしいと思う。

 久しぶりにギターを爪弾いていたら、「今宵恋に泣く」という古いカントリーが口をついて出てきた。確か以前に「忘れていた歌」という題で書いた歌だ。原曲を世界中のアマチュアの人が歌っているのをYouTubeで見たりしている内に、ナターシャー・セブンのバージョンが聴きたくなった。「107ソングブック・シリーズ」の中のこのアルバムに入っている。

 このアルバムは、高石ともや達がアメリカのカントリーの古典的グループ「カーター・ファミリー」のナンバーを日本語にして歌ったものを集めたものだ。タイトル曲の「陽気に行こう」は「Keep On Sunny Side」、大恐慌の時に人々を励ますために作り歌われたものだという。落ち込んでいる時にこんな陽気な曲を歌ったりする心境にはならないと思うが、そこがアメリカ人と日本人の感覚的な違いか。

 「この世であなたと私、会わなけりゃよかったわ~」と歌い出すその「今宵恋に泣く」、YouTubeで見た中では、このオッサン達の歌がなかなかいい。犬がそこらを走り回ったり。ここにならぼくも、弾きながらすっと入って行けそうな気がする。

 その次の有名な「柳の木の下に」(歌詞と曲の紹介サイト)、これも歌詞だけ見るとなかなかすごい内容である。「心変わりを今さら責めないけれど 愛し続けた真心を 伝えてほしい 柳の木の下 土の下で眠ります その木の陰で あの人は 泣いてくれるかしら~」。まるで恨み節だ。だが、曲が日本人から見ると異様に明るい。この明るさが妙に哀しくていいのである。ぼくはこれを「アメリカ演歌」と勝手に呼んでいる。

 B面では「わらぶきの屋根」がいいね。「思い出にふと振り返るわらぶきの屋根~」。そういやこの盤、子どもたちが小さい時ずいぶん聴かせたわ。多分今でも歌えるんじゃないかな。「海の嵐」とか「ワルツを踊りましょう」とかね。家がピンチになって久しぶりに家族の絆を感じたけど、こんなのを小さい時から歌っていた毎日だったな、田舎の村では。
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*YouTube The Carter Family- Bury me under the Weeping Willow Tree

by pororompa | 2010-05-17 23:12 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(4)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 258】 BEN WEBSTER QUINTET / SOULVILLE semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 16日

e0006692_12482850.jpg 「人生の危機」というのが節目節目にある。あの水害もそうだった。おそらくどの人にも、どの家庭にもあるのだろう。詳しくは書けないが、我が家の経済状況が想像以上に厳しくなっていることが分かり、昨日は子どもたちにメールを書いて頼み事をしたり、ネットで家族会議を開いたり、遅くまで話し合ったりした。

 結論から言えば光は差したし、だからこうして音楽を聴いていられるのだが、思えば昨日ほどよい子どもたちを持った幸せを感じたことはなかった。「しろがねもくがねも玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」、山上憶良が時を越えて胸に迫ってきた。

 だがそのとばっちりで、職場のPTA奉仕作業を欠席してしまった。休みの日を早朝から集まった同僚や保護者の皆さんには本当に申し訳ない。今日はその申し訳なさで、何か落ち着かない休日だ。

 このベン・ウェブスターの「ソウルヴィル」は、長い間楽しんで聴くことができなかった盤である。「トラウマ」という言葉があるが、これはぼくが若い頃、第一志望だった名古屋大に落ちて、家に帰り着いた時に聴いた盤なのである。その惨めな、つらい気持ちは忘れることができない。確か、一浪して入った京都教育大を中退して、実質二浪の時だったと思う。予備校に行ったこともなく、生活も崩れていたので、自分でも通る可能性は低いのは分かっていたのだが、いよいよ一縷の望みもうち消され、失格を宣告されたのだった。

 もっとも、今思うと、これは覇気に充ちているはずの二十歳の青年が聴くような音楽ではない。スウィング・ジャズの時代の、スロー・バラードの名手が歌い上げる、情緒纏綿たるバラード集なのである。こういうものを大学に入る前に聴いていたこと自体が、すでに受験生としては「オワッテイル」感じがする。そしてそれが、よくも悪くもぼくなのだった。

 LPをかけてみると、B面を中心に聴いていたことが分かる。特に、1曲目、「恋人よ我に帰れ」、これが極上の名演である。「あなたがしてくれたどんな小さな事も思い出される、私は寂しい。空は青く、高く、月も新しい、なのに私の愛だけは古びた、私の熱い心は歌っている、恋人よ我が元に帰れと」 恋人は決して帰って来はしない。その溢れるような情感を、切々とした思いを込めてベンが吹ききる。歌詞まで聞こえてくるような名演である。ピーターソンにレイ・ブラン、バックもいい。

 そして今日聴いた中で思ったのは、2曲目の「Where Are You」、これが素晴らしい。名曲名演ばかりなので特に意識しなかったが、これもズーンときた。

 心が沈んでいる時、明るい音楽は聴けるものではないのだ。こういう日だからこそ、久しぶりにこの名盤を味わうことができたのかも知れない。
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by pororompa | 2010-05-16 13:59 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 日本代表を予想する semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 09日

今日は用事があって、ホンダロックの試合に行けなかったが、ロスタイムにカウンターをくらって負けという最悪のパターンだったらしい。

さて、気分を変えて、明日発表される代表を、若干の希望を込めて予想してみよう。

GK:
楢崎
川島・西川

DF:
中澤・闘莉王・内田・長友
岩政・駒野・阿部・今野

MF:
長谷部・稲本・遠藤・中村俊輔
中村憲剛・本田・小野・石川

FW:
岡崎・森本
大久保・前田

上の段がレギュラー、下の段がサブと見られているだろう選手。

DFがどう見ても手薄だ。CB専門として、あまり使われていないけど岩政かな。サイドも弱いけど、徳永はちょっと頼りなかったので、両サイドやれる駒野に、何でも屋の阿部と今野。今野は外れるかも知れない。

MFは混戦。長谷部・稲本・遠藤・中村俊輔・中村憲剛・本田までは堅いと思うが、残りは順当なら松井と大久保と思うけど、リーグで好調な小野が逆転で入りそうな気がする。俊輔の代役が務まる。石川は点が欲しい時にスペアとして欲しいのではないか。前回惜しくも落ちた松井には気の毒だが、今回もまた外れそうな気がする。

FWは岡崎と森本は本命で、あと順当なら玉田が入るだろうが、落ちる可能性もあると見た。本田と大久保をMFでもFWでもと考えているのではないか。そしてこれまたリーグ好調の前田がちょっとした「サプライズ」で滑り込むかも。平山の可能性もあるが、佐藤や興梠はないと思う。達也も涙を飲みそう。

岡田の発表というと、カズの時の記憶が甦るので、あまり見たくない。日本代表に過度に思い入れをするより、W杯自体を楽しんだ方が得策と思う。

by pororompa | 2010-05-09 18:18 | ワールドカップ | Trackback | Comments(1)

semスキン用のアイコン01 猫不完全敷地内飼いの試み、或いは「猫庭ノスゝメ」 semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 05日

 ネットを見ると、猫の完全室内飼いを勧めているサイトが多いが、やむを得ないことと書いているならまだ分かるけれど、「猫の習性からは何も問題ない」としたり顔に書いてあるサイトばかりでうんざりする。「お前ら、猫に聞いてみたんかあ!」と言いたくなる。風に吹かれてこそ猫、草に紛れ、土を踏みしめてこそ猫である。ぼくはそう思う。せめて、猫にすまないという気持ちぐらいは持っていてほしい。

 2匹が地獄から生還し、外に出さないことに決めた時から、「猫庭作り」を構想していた。庭を完全に網で囲って、室内から連続した空間にするのである。それがこの連休で完成した。猫も飼い主も大変楽しいので、これから作ろうという人のために書いておくことにする。
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 まず、ホームセンターで1m×50m、網目1.5cm程度の網を買ってきた。3500円ぐらいだった。1.5mのものもあったが、値段が倍ぐらいするし、50mも要らないので、1mを2段にすればいいと思ったのだ。

 まず試験的に高さ1mで張ってみた。猫の運動能力は知りすぎるぐらい知っている。1mぐらい軽く跳ぶし、どれだけ高くてもあっという間に駆け上ってしまう。何年か前隣の畑を管理している老人が、猫対策で周りを網で囲んだが、あっという間に侵入された。太い杭に上られたのだ。それにぴっちり張りすぎたり、網目が細かすぎるのもよくない。柱は細くして、網は頼りないぐらいの方が足場がなくてよいのではと思って試してみた。e0006692_14154978.jpg
 元々野良で生きてきた母猫のモモは、あらゆる所を調べて出られそうな場所を探す。無邪気な子猫のダダは、「けっこう楽しいよ!」とばかりに母猫に跳びつくが、出られそうで出れないのにいらいらしているモモに怒られてばかりだ。1mしかなくても頼りない網では足場がないのか、無理に越えていこうとはしない。でもいつまでもじっとはしていないだろう。

 昨日の様子で手応えを感じたので、今日は本格的にもう1段上を張ってみた。重なっている部分もあるので、高さはおよそ1.7m。下はペグが足りないので、煉瓦を並べた。ダダに1回、モモに1回、計2回脱走されたが、「想定内」の個所だったので驚きはなかった。慌てて修復したその個所は、網と網の継ぎ目や、それに、家との境。弱いなと思っていた所を、パズルを解くように抜けていく。猫もたいしたものだ。

 ようやくモモも落ち着いてきて、イスで眠ったりし始めた。ダダは「喜び庭駆け回る」と、歌のようなはしゃぎぶりだ。これはいい。天気もいいし、コーヒー飲んだり、昼飯食ったり。猫を閉じこめて庭に出ても、猫に申し訳ないような気持ちがしてさっぱり楽しくなかったが、一気に庭が楽しくなった。猫ももちろん楽しんだだろうが、猫を出してみて何よりもよかったのは、猫ではなく人間のストレスがなくなったことである。それまでおちおち開けておれなかったサッシも、さあっと開けることができる。気持ちいい。
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※追記
 この猫囲いは、度重なる脱走にあい、約1年で撤去。ゴルフ練習場のように、上もネットで塞げば、うまくいくと思う。

by pororompa | 2010-05-05 14:37 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(10)

semスキン用のアイコン01 丘の上の校舎へ (自分語り4) semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 04日

 父の旧姓「出田」を名乗る方から書き込みがあったり、出身の小学校でおかしな事件があったりしたので、久しぶりに続きを書こうという気になった。

 おかしな事件というのは、ぼくの出身校の幸脇小学校の運動場にたくさん木を植えた人がいて捕まった事件だ。Yahooトップにまでなっていたので、相当変わった事件ではあったと思う。自分の土地であるというのが言い分のようだ。
 知り合いではないかと思っていたが、新聞を読んで思わず声が出た。「きゃぁむ君」ではないか。かなり年上なので、君というのは失礼だが、子どもの頃そう読んでいた。
 広場で遊んでいたぼくらガキどもを集めて、ラグビーを教えてくれたことがあった。「ノッコン」とか「スローフォワード」とかの新鮮な言葉の響きが鮮明に記憶に残っている。本人も高校かなんかでラグビーに出合ったばかりだったのだろう。小学生にいろいろ教えてくれる頼もしいお兄さんという感じだった。
 それから、そうそう、「わっだ、うちん山ん、ヤマモモちぎって食うたどがー!」とすごい剣幕で怒られたことがあった。あの頃から、山林地主の後継としての意識が強かったのだろうか。山の木になる実に、持ち主があるのだということに、初めて気付かされたのだった。
 この幸脇小学校というのは山の中腹を切り開いた学校である。ぼくの生まれたタニゴという地区の裏山が、そのままこの学校の運動場に続いていて、裏山から潜り込むこともできた。何でも学校用に土地を収用した時のいきさつに不明な点があり、捕まった人の言い分にも一部の理があるらしいのだが、ぼくの先祖も山林地主だったらしいので、何か繋がりがあるのかも知れない。遠い昔が突然現代に引き出されたような気持ちで、半ば懐かしくこの奇妙なニュースを聞いた。
 この事件で対応した市の職員というのがまた、中学生時代に大変お世話になった人だったが、これはまたいずれ書くことにしよう。
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 さて、話を入学前に戻そう。幼稚園も保育園も知らなかった野生児のぼくが、小学校などいうものに激しく抵抗したことは、ぼく自身が覚えている。泣き叫びながら母に引きずられて学校まで連れて行かれた記憶がある。

 裏山にあたるタニゴの家からここに通った記憶がないのは、漁港の側に引越したからだった。毎日長い石段を登って登校し、帰りはリズミカルに走り下りていた。新しい借家は、今思うと掘っ建て小屋、屋根はトタンでガラス窓もないバラックであったが、場所は地域の中心地、よろず屋や豆腐屋のすぐ側であった。この豆腐屋さんには後に大いにお世話になることになる。

 小学校低学年時代は、ある一つの出来事だけが残り、後は忘れ去られている。それは参観日だった。朗読しろというので、ぼくは立って読んだ。「よく読んできましたね」と先生はおっしゃった。「いいえ、読んできませんでした」とぼくは答えた。それは事実だったから、ぼくはそう答えたのだろう。見ていた親達がどっと笑った。すると先生が突然、烈火の如く怒り、「あなたは、自分ができると思ってるんじゃないのね!」と叫ばれたのだった。意外であり、驚いたので、それが特に記憶に残ったのか。その女の先生も、いろいろがんばって教えてくださったに違いないのだが、それだけしか記憶に残っていないとは気の毒なことだ。ぼくも今同じ仕事をしているが、教壇でギターを弾いていた変なおじさんとしてしか残らないに違いない。

 もっとも、その先生にそれだけ言われたということは、相当生意気な子どもであったのかも知れない。ぼくは早くから字を読めたので「村の神童」扱いされ、ちやほやされていたので、大いにあり得ることだった。ただぼくは、音読するのに練習が必要だという発想はなく、家で声を出して読んだ記憶はない。

 さて、村の学校の勉強はそれほど難しいものではないということは分かったが、決しておもしろいものではなく、ぼくは学校が終わるや否や石段を跳んで駆け下りて帰った。

by pororompa | 2010-05-04 23:22 | 自分語り | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 257】 BOB MARLEY & THE WAILERS / BURNIN' semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 03日

e0006692_19185580.jpg 急に暑くなった。中間の季節はないのかと叫びたくなる。まあいい。一気に半袖、短パン、ボブ・マーリーだ。ついでに明るい内からウィスキーくらって、ようやく休暇気分ときたもんだ。

 いやいや、そんな安易で軽薄な連想で聴いては、ボブ・マーリー様に失礼である。プロテストそのものの歌詞をよく読めば、途端に申し訳なくなり、謝りたくもなる。だがしかし、暑い国の音楽ではあるよな。シリアスな歌詞でも、曲の方は踊ってるよな。ま、いいか。

 このアルバムは「起きろ!立ち上がれ!」とアジる1曲目と、クラプトンのカバーで大ヒットした3曲目で有名なんだけど、ぼくとしては、真ん中辺りから後半が好きだ。音は悪いけど、親しみやすい協和音主体のコードにズシンと来るベース、ボブの節回しに、たたみ込むようなコーラスがいいなあ。

 そうだった。これはもともとボブ・マーリーのアルバムじゃないんだ。「ウェイラーズ」名義の最後のアルバムなんだ。このコーラスを聴かなくちゃ。

 そのクラプトン・カバーで有名な「I Shot The Sheriff」は、クラプトンの解釈に軍配が上がるな。「シェリーフ」と下がる所を逆に上げただけなんだけど、曲が数倍魅力的になっている。まあ、ボブ・マーリーはおもしろくなかっただろうな、きっと。

 それより、「Put It On」「Small Axe」「Pass It On」と続く流れが好きだな。特に「Small Axe」。「お前らが巨大な樹でも、俺らは小さな斧、いつの日か切り倒してやるぜ」という歌詞が恐いほど凄みがある。ソロのメロディもファルセットのコーラスも最高だ。外もようやく暮れてきた。網戸ごしに夜風が気持ちいいぜ。新しい季節のスタートだ。ラストの、太鼓とベースにコーラスが絡む「Rasta Man Chant」を聴きながら、酔いが回ってくる。
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by pororompa | 2010-05-03 20:47 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 256】 THE MODERN JAZZ QUARTET / AT MUSIC INN, GUEST ARTIST: JIMMY GIUFFRE semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 02日

e0006692_2232322.jpg 5連休の2日目がもう終わろうとしている。年度を跨いで走り続けてきたので、ここらで休めるのはうれしいのだが、5日もは何かもったいないような気もする。心の用意のないまま連休になってしまったような、妙な、損でもしたような気持ちがどこかにある。

 正月に子どもたちに録音してもらったまま、新作が進んでいないので、それを進めたい。庭に手を付けるのもこの季節の恒例だ。それなりにやるべきことはある。残りの3日を充実させたいものだ。

 昨日はその庭の傷んだ塀を修理してそれなりに充実感はあったが、今日は無呼吸症が悪化して午後は眠ってばかりだった。何かこの空虚さを埋めてくれる音楽はないか。冴えない頭に注ぎ込む、静かで濃い音楽は。久しぶりにLP棚から選んだのはこれだ。

 MJQを語る中に、さっぱり話題に上らないこのアルバムだが、内容は素晴しいものだ。地味だが、地味であることは悪いことではない。まさしく静かで濃い音楽だ。表面は穏やかで抑制されているが、内面は濃密で深い。躍動感を内に包んでいる。そして古いのに古びない。未来に残るジャズの永遠の生命力を感じる。一部マスター・テープが傷んでいる。惜しいことだが、残った部分が残っていること、その当たり前のようなようなことを、喜びとして感じたい。

 クラリネットという楽器は、モダン・ジャズに合わなかったのか徐々に廃れていった。ぼくは好きだったが、バディ・デフランコなんかを聴くと、やっぱり無理があるのかなあと思う。でもこのMJQの音の中には、似合いすぎるぐらい溶け込んでいる。もっとこういう音楽はないか。まだ聴いてない中に、こういう妙なる響きの音楽は。
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by pororompa | 2010-05-02 23:11 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 教員免許更新申込みについての疑問 semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 02日

e0006692_11545564.jpg 今年は免許更新の年に当たっているので、宮崎大学に申し込んだ。申し込みはインターネットによる先着順で、4月30日の正午からとなっていたが、その日はもちろん勤務中で、4校時が終わって下校指導や給食指導で忙しい時間だった。同僚も予約ができたのは1時過ぎ、ぼくも1時半にとりかかった。情報主任のぼくでさえもけっこう煩わしいネットのシステムにとまどい、予約が完了したのは、家庭訪問に出かける2時前だった。既に希望していた講習の二つは埋まっていて、興味の薄い算数や理科での講習となった。先に申し込んだ人を咎める気持ちはない。正直者が馬鹿を見るような時間設定に問題があると思う。大学に次のメールを意見として送った。

*     *     *     *     *     *     *   
  
 今回の予約システムですが、解禁となる4月30日の12時は、多
くの学校ではちょうど授業の真っ最中か、給食指導の慌ただしい時
間であろうと思います。
 私も小一のクラスで子どもたちと格闘しておりまして、ようやく予約
ができたのは13時半、それも家庭訪問前の慌ただしい時間でした。
既に希望していた「金子みすずの世界」などは定員に達しておりまし
た。
 そのことは別にかまわないのですが、私が大いに疑問を持ちました
のは、
「真面目に仕事をしていた者が損をし、そうでない者が得をする」
という設定になっているということです。
これが特に教育界で行われたことを考えると、大きな疑問を禁じ得ま
せん。
貴大学のご配慮により、次年度から改良されることを希望致します。

by pororompa | 2010-05-02 11:54 | 本業方面 | Trackback | Comments(0)