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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 249】 浅川マキ / MY MAN semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 24日

e0006692_046075.jpg 教員生活で初めて「学級閉鎖」というのに遭遇して、自分の教室にだけ子どもがいないという変な経験をした。ようやく月曜から再開というのに、今度はこちらが風邪気味で困っている。インフルエンザではないようだが。

 夜は、浅川マキの記事をネットの方々で探す日々が続いていた。まだ「喪」が明けていない状態だ。風邪もひいて自作のミックス・ダウンも中断せざるを得ないし、鼻水をすすりながら今日も浅川マキを聴いた。

 このアルバムは、親しみやすい’70年代とフリーに突き進む’80年代の狭間にあるような作品で、曲も再演ものが多い。録音は1982年の2月とある。過去の作品を超えているかというとそうとも言えないから、ちょっと微妙な位置にある作品だ。どういういきさつでこれを作ったのか分からないが、’90年代に単体のCDで再発された数少ない作品であり、比較的入手しやすいから、これを聴いている人も多いと思う。

 フリー・ジャズの咆吼を横に、無関係のメロディをクールに歌う「貧乏な暮らし」だけが浮いて聞こえるが、こちらの方がマキがやりたかった「これからの路線」だったわけだ。「今夜はおしまい」も「ロンサム・ロード」も、やはり以前のバージョンの方に耳が慣れているのは仕方がない。「夜」にしても、間奏でつい向井滋春のトロンボーンが聴きたくなり、本多俊之じゃあまだ軽いな、などと思ってしまう。

 それでも全体に演奏が悪いわけではなく、板橋文夫の「グッド・バイ」などはこのアルバムで初めて聴いたが、出色の出来だ。本多俊之もここではまずまずのソロを披露する。

 ピアノは、亡くなる直前まで共演していた渋谷毅。この人のブログを読んで驚いたのだが、非常に幅広い感覚の人である。高田渡が旅先で亡くなった時もこの人が共演していたのは知っていたが、面白半分にやっていたわけではなく、若い頃から高田渡やはっぴいえんどのファンだったと書いている。それでいて「東京芸大作曲科」という経歴だし、古い友人として福田和禾子の名前まで出てくる。「おかあさんといっしょ」の音楽まで担当していたというから驚きだ。

 「古いフォークで育ち、ジャズが好きで、童謡を書きながら、浅川マキを聴いているような変な奴は、自分ぐらいだろう」と思っていたが、その全部がいとも簡単にこのピアニストのブログの中につながって出てくる。驚いたし、親しみと興味が湧いた。これから少し意識して聴いてみようと思う。
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YouTube 浅川マキ「グッド・バイ」

by pororompa | 2010-01-24 01:27 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 248】 浅川マキ / MAKI VI semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 18日

e0006692_1959681.jpg 今日もいろいろあった。いろいろあった日だが、もうそれはいい。「浅川マキが死んだ?」 ヤフー・トップなんて似つかわしくないところに書き出された文字が、目に飛び込んで来た。

 キヨシローならみんなが追悼してくれただろう。高田渡や加藤和彦だってふさわしい弔辞をたくさん浴びていた。でも浅川マキはどうだろうか。「その3人よりも、マキはもっとすごいんだ」と叫んでみたい心境だが、寂しくこの世から居なくなるのが、この人には似合っているのか。

 名古屋「ジャズ・イン・ラブリー」の三日連続ライブの最終日に来なかったという。行ったらホテルに倒れていたという。伴奏していたピアニスト渋谷毅のブログに、直前の様子についての書き込みがある。「一昨日、昨日(1/15、16)と無事終わって今日が最終日。初日、マキさんは寝不足で体調がよくないといっていたけれど、はじまればいつものマキさんで、そんなことはまったく感じられない。」とある。「寝不足で体調がよくないといっていた」というのが、今思うと予兆だったのだろう。

 ラブリーか。若い頃よく行ったあのラブリー・・・。あれが浅川マキの最後のステージの場所だったというわけだ。死の寸前まで全力で歌っていたに違いない。
 
 淹れたてのコーヒーの泡立ちを見ながら、「わたしの金曜日」を聴く。山下洋輔のちょっと調律が狂ったような感じのピアノが絡む。これもライブだ。この香り、この音。いつだって、別世界に連れて行ってくれる。しばしこの世界に入り込もう。

 ニーナ・シモンの「ジン・ハウス・ブルース」。「近寄らないでよ、わたしの側に・・・」。この人は有名曲を取り上げる時でも、自分で詞を書いている。「詞」ではなく「詩」だと言っていたという。それでいて、元の詞を尊重している。

 書き込みで教えに来てくださったOWARIYA氏の店の、「エンディング・テーマ」だった「今夜はおしまい」が鳴り渡る。それもいいが、次のバラード「戸を叩くのは、誰」が絶品だ。ことに、「寂しいー 雨が降っているー」というところが何とも言えない。雨の日になるとよく口ずさむ。

 浅川マキは曲も積極的に書いているが、この歌に限らず佳曲が多い。これから末永くカバーしてほしいし、トリビュート盤を出すべきである。埋もれてほしくない。深みを持った、ほんまもんの歌である。

 黒ずくめの歌手、浅川マキ。でもぼくは、いつだってこの人から暗さは感じなかった。この人の歌から感じられるのは、「温かさ」や、大人の女の「優しさ」だった。合掌。
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YouTube 浅川マキ「戸を叩くのは、誰」

by pororompa | 2010-01-18 19:57 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 247】 JOHNNY HARTMAN / THE VOICE THAT IS! semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 17日

e0006692_22323360.jpg 一日中、受け持ちの子どもたちの「インフルエンザ罹患報告」がひっきりなしに入って、どこか落ち着かない休日だった。インフルエンザにも慣れっこになって、少々油断したかも知れない。それにしても強烈な伝染力に驚く。

 自作の歌の方の仕上げも進めた。楽しくはあるけれど、こちらも神経は使う。10時過ぎたら電灯を暗めにして、酒でも飲みながらまったりと過ごそう。

 ジョニー・ハートマンはこういう時間にはぴったりだ。この盤もなかなかいい。作品のそれほど多くない人だから、貴重な一枚だ。伴奏はピアノも入っているけれど、ギターが中心だ。このギターは誰だろう。ジャケットを見ると、バリー・ガルブレイス。いたなあ、そういう人。たしか「ジョン・ルイス・ピアノ」で、ジム・ホールに似た渋いプレイを聴かせていた人だ。

 「These Foolish Things」を、テンポをぐっと落として、丁寧に歌っているところなど、この人の真骨頂という気がする。うっとりとして酔いが回ってきた。「ワルツ・フォー・デビー」なんてのもやっている。これもゆっくり目でしみじみと語り、悪くない。そして、次の「It Never Entered My Mind」がまたいい。そう言えばこの曲も「ジョン・ルイス・ピアノ」に入っていたよなあ。控え目ながらツボを心得たピアノは、御大ハンク・ジョーンズ。

 後半は少しメンツが増えて、マリンバやフルートなんて加わったりする。でも雰囲気は損ねていない。後半で一番いいのは最後の「屋根の上のバイオリン弾き」のテーマ「Sunrise, Sunset」だ。

 今日の今の時間の気分にずばり嵌った音盤だった。ジョニー・ハートマンを聴きながら酒を飲むと、いつだってしばしのささやかな幸福に浸れる。
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*YouTube JOHNNY HARTMAN It Never Entered My Mind

by pororompa | 2010-01-17 23:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 おじいちゃんちのゆずの木 semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 11日

 正月休みに帰って来ていた娘と息子に頼んで、新作の歌を入れてもらった。全部で7曲歌ってもらったが、今日はその内4曲、ミキシング・ダウンをした。その中から1曲、「おじいちゃんちのゆずの木」という歌をアップしてみることにする。

 これは娘は一人で歌っている。今、大学を卒業間際の4年生だ。娘はちょうど第1作が小学生、2作が中学生、3作が高校生、そして4作が大学生の時に歌ったことになる。2人とも、大人になっても、変わることなく父の作品に協力してくれた。我が子とは言え、彼らの協力がなかったら、これまでの作品集CDの完成もなかっただろうことを思うと、深く感謝している。

 この作品は、子どもたちが幼少時の一時期を過ごした水清谷のイメージで書いた。実際にはぼくにも息子や娘にもおじいさんはいなかった。しかし多くの子どもたちには、おじいちゃんやおばあちゃんとの交流は大切な体験だろう。

 おじいちゃんちのゆずの木

  松田惣一郎 作詞・作曲
  松田 春佳  歌
     

おじいちゃんちのゆずの木に
飛んで来た アゲハチョウ

おじいちゃんちのゆずの木に
咲いていた 白い花

五月の休みが
やってくるたび 思い出す

おじいちゃんちのゆずの枝が
さわさわとゆれていた


おじいちゃんちのゆずの木の
うらにあるひみつきち

おじいちゃんちのゆずの木の
知らなかった痛いとげ

おじいちゃん何でも
ぼくに教えてくれたよね

山の向こうに日が落ちても
いつまでも遊んでた


おじいちゃんちのゆずの木に
ゆずがまあるい実をつけた

おじいちゃんちのゆずの木の
すっぱかったゆずの味

おじいちゃん あれから
ぼくも大きくなりました

ずっと心に残っている
おじいちゃんの大きな木

by pororompa | 2010-01-11 21:36 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 元日の「ヤット・ショー」 ≪天皇杯決勝 ガンバ大阪 4-1 名古屋グランパス≫ semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 01日

e0006692_17252087.jpg 「ヤット」こと遠藤保仁選手は、若い頃からずっと見てきたけれど、決して派手な選手じゃない。性格やプレーのスタイルから来るのかもしれないが、中田や中村、小野、稲本など、中盤にスターが並んだ時代というのもあるのかな。前回のワールド・カップでは、選ばれていながらただ一人出場できない選手だった。ところが、そんなスター達が引退したり勢いが衰えたりした今になって、中心選手として急に脚光を浴びだした。「裏もやれるけど、表もやれるよ」とばかり、主役を張る場面が増えている。
  
 今日はそんな遠藤の鮮やかな活躍が印象に残る、気持ちのいい元旦決勝だった。いや、特にガンバを応援していたわけじゃない。ストイコビッチのファンなので、どっちかというとグランパスを応援しながら見てたんだけど、いい時の攻めまくるガンバ・サッカーが最初から出ていた。なるほど、コンディショニングのいい時のガンバはこんなサッカーをするんだな。それでもグランパスもよく攻めて、玉田のクロス-ケネディの戻し-中村のヘッドで同点にして前半を終わった。

e0006692_1824246.jpg 後半入って、うとうとしていたら、そろそろ足が疲れて来た頃にガンバが猛攻をかけている。残り少なくなってきた所から、「ヤット・ショー」 の始まりだ。まずはゴール前に走り込んで縦パスを相手の鼻先でさらい、そのままトップ・スピードで横に流れながら一人かわし、どこにパスかなと思ったら、いきなりグラウンダーでポストぎりぎりに打ち抜いた。実に鮮やか。これで完全に目が覚めた。

 時間が少なくなっても安易に「キープ」などしないところがガンバのいい所。左サイドで明神が巧みに粘って仕掛けたカウンターを、正面に入り込んだ二川がさらに右に走り込んだ遠藤に流す。打つようなふりをして二川に返し、それを二川が軽く押し込む。いやあ、楢崎は腹立ったろうね。

 まだ終わらない。終了間際にも、取れる点は取るとばかりに、「隙ありー!」という感じのだめ押しシュート。さすが今季アジア最優秀選手。お見事。

 表彰式まで見てしまった。あのクールでドライな感じの西野監督が、うるうるだったね。大一番、真剣勝負の面白さ、攻めるサッカーの楽しさ、堪能させていただきました。

by pororompa | 2010-01-01 18:13 | TVサッカー観戦記 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 行く年来る年 semスキン用のアイコン02

  

2010年 01月 01日

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2010年、明けましておめでとうございます。今年も、いつものペースで書いていくつもりで
す。 今年は新作品集を仕上げたいという大きな目標があります。日常に埋没しないようが
んばります。
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e0006692_1153339.jpg 2人の子と兄貴の子が帰省し、猫5匹と併せてにぎやかな正月となっている。

 大晦日であってもテレビはつまらないものが多い。例の歌合戦も「なんだかなあ」という感じなので、始まったアメリカ映画をうっかり見てしまった。度が過ぎる悪役にバットマンがいじめ抜かれる気分の悪い映画で、家族で最後まで見たので後味の悪い年越しとなった。こんな時には、クラシカルな「行く年来る年」で気分を直して年を越そう。

 我が家では、この季節になると毎年ぼくと息子の間で、「行く年来る年ごっこ」というものが急にはやった。一方が、「ゴォォォーン・・・」という鐘の音をさせると、しばらくして、おもむろに、「青森県、奥津軽郡・・・オソレ山シンザン寺の境内からお送りしています・・・」などという声が相手から返される。格調のある、低い悟りきったような声でなくてはならない。続いて、「巡り来る、新しい年への希望と・・・限りない想いを込めて・・・また1つ、鐘が打たれます・・・」「ゴォォォーン・・・」。これが、「コーフク山ソーゴン寺」とか「ハッコーダ山ソーセイ寺」などありそうな場所に次々に変えられ、時報がなると、急に明るい声で、「明けましておめでとうございます!」「東京浅草、浅草寺から新年のごあいさつを申し上げます!」と呼びかける。

 まあこんな調子なのだが、どうも本物の「行く年来る年」は様子が違う。アナウンサーの声が軽い。格調があんまり感じられない。これはきっと「新人を鍛えているのであろう」ということになったが、どうもしっくりしない「行く年来る年」だった。

 まあ歌合戦も映画も格闘技も、それぞれファンがいるから続いているのだろうが、年越しの時間は、この思い切りクラシカルな「行く年来る年」をずっと残してほしいものだ。

by pororompa | 2010-01-01 12:42 | 日常雑事 | Trackback | Comments(0)