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semスキン用のアイコン01 <   2009年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 イントロデューシング・シマオ semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 29日

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 ピンちゃんがいなくなってからというもの、毎日家に上がり込んできて日に日に存在感を増しつつある「シマオ」のことを書こう。

 こういう黒キジの柄というのは猫の原型なのか、そこら中にいて紛らわしい。この猫が現れた頃、似たようなやつが他にも数匹いて、パッと見ただけでは見分けがつかなかった。特にこれとそっくりの丸々と太ったやつがいて、そいつは最初「マルマル」と呼ばれていた。「ニャーン」という甘え声と「フーッ」という威嚇を交互に発する変わった癖があったので、後では「ニャンフー」と呼ばれるようになった。そいつに比べてこの猫はこれと言って特徴がなかったが、呼び名がないと面倒なので「シマオ」という名を妻から頂いていた。「シマオ」は「縞尾」なのだろうと思っていたが、縞模様のオスだからということで、適当に付けられた名前のようであった。

 「ニャンフー」と「シマオ」はともにオスだったので、例によって猫世界の仁義なき戦いが繰り広げられた。最初は「ニャンフー」の方が優勢だったのだが、最終的に勝利を収めたのは、意外にもおどおどとしたように見えたシマオの方だった。

e0006692_21211530.jpg 「ニャンフー」も「シマオ」も野良猫の例に漏れず最初は警戒していた。特に「シマオ」は、抱こうとして妻が噛まれたのでぼくも用心して触らずにいた。ところが正月に帰ってきていた息子がいとも簡単に膝に乗せてしまった。それから急にイエネコ化したというわけである。今ではご覧の通りの状態となってしまっている。

e0006692_21224354.jpg と言っても完全に我が家猫になったわけではない。モスの時にも困ったマーキングを、油断するとこやつもやるのである。だからあまりうろうろさせとくわけにはいかない。ソファで数時間お眠りになったら即お出かけいただくと、まあそういうスタイルである。

 仁義なき戦いの方はまだ断続的に続いているらしく、最近はびっこをひいて、ひどいときはたらたらと血を滴らせている。自然の掟とは言えご苦労なことだ。

by pororompa | 2009-03-29 21:21 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 2008年度終わる semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 28日

e0006692_14333030.jpg 久しぶりの純粋な休日だ。名実ともに休日だ。文集もスムーズに完成し、今年はプリントアウトした写真まで付けて、親には喜んでもらえたと思う。たくさんのお礼メールをいただき、一年を振り返りながらまたこの仕事の充実感を感じた。この充実感を味わえるのも、順調にいってもあとわずか8回となったが、一年一年をより大事にしながら、体の続く限りやり抜きたいものだ。

 写真は、初めてネット通販みたいな所に頼んだのだが、なるほど、ブロードバンドの時代でこんなことができるのかと思った。家から画像を送り、家まで写真を送ってもらえる。この方法ならデジカメの時代でも生き残れるだろう。しかし、いいのかというぐらい安かった。親からも「お金を払っていないが」という問い合わせが来るくらいだった。これでは実際は地元の小さな店は生き残っていけないだろうな。そこはちょっと気になる所ではある。安い分仕事は雑で、せっかく写真の中に入れ込んだ文字が、ばっさり真ん中から切られていた。周辺を自動的にトリミングするのだろう。そこはもし次頼むなら気を付けておきたい。

 カメラの調子が悪いので、後半はいい写真が撮れなかった。余裕ができたら買い換えたい。一眼レフとかでなくていい。手軽で、ほどほどに写ればいい。

 さて、土日休んで、散髪もして、あさっては教室を片付けて、次の日は転出者の送別。それが終わるともう次年度だ。気分を切りかえていかなくては。

 そう言えば、JFLホンダロック・チームの、年間シート券が届いた。JFLに昇格した地元のチームが、我が家のすぐ側にある生目の杜運動公園で試合をするので、にわかサポーターとなることにしたのだ。「ホンダロック俄サポ」というカテゴリで新連載を始めたい。会場からの速報とか。残念ながら明日の試合は延岡であるので行けないが、次のホーム戦4月12日Vファーレン長崎戦を楽しみにしている。 

by pororompa | 2009-03-28 14:56 | 本業方面 | Trackback | Comments(3)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 221】 グリュミオー,デイヴィス&ロンドン響 / モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3・5番  semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 21日

e0006692_10371711.jpg 休みを利用して、学級児童の文集の編集にかかっている。26日の終業式に間に合わせるには、どうしてもこの休み中に仕上げておく必要があるのだ。昨日朝から晩まで打ちまくったら思ったより進んだので、一息ついてこれを書いている。目や手は疲れるが、気分的に楽しい仕事だからそんなに苦もない。

 今日は薄曇りだが、昨日は暑いくらいだった。薬のせいかもしれないが花粉もそれほど感じなくなったので、庭に出てみた。ヒノキ花粉は飛んでいるが、スギは収束傾向という話だ。春を感ぜずにはおれない陽気だった。元気もいいし、明るく伸びやかな音楽を選んだ。

 これも数少ないクラシック愛聴盤の一つだが、バイオリンもオーケストラも美しい。グリュミオーという人は、うっとりとするようなバイオリンを弾く人だ。1961年だというのに音も良く、この曲はもうこれ1枚で足りている。ただ、最近のCDには第4番も入っているらしい。これは紙ジャケットでLP時代の名盤の復刻という仕様だからか、4番が入ってないのは残念だ。

 これは水害後に初めてかけたCDでもある。何日後だろうか。がらんとした板の間に、残った物や新しく買った家財道具が散らかっていた。ぼくは生き残ったアンプにウーファーが少し浸かったスピーカーを繋いで、このCDをかけたのだった。歌でもジャズでもなく、この瑞々しい弦の響きがその場にふさわしいと思ったのだ。

 第3番のアレグロが、透明な谷間の水のように、シュワーっと流れ出してきて、寂しく空虚な部屋中に響き渡った。その瞬間を思い出すと涙が出てくる。そしてこの第2楽章のアダージョ。これこそ完璧な癒しである。この世に音楽があってよかった。よし、またがんばるかと思った。この選曲は我ながら正解だったと思う。

 第5番もいい。終楽章に突然表れる「トルコ風」と言われるメロディーも楽しい。第4番もいいらしいから、いずれ聴いてみたい。さて、モーツァルトを聴きながら後半の作業に突入だ。
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by pororompa | 2009-03-21 11:21 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 220】 BILL EVANS TRIO / TIME REMEMBERED semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 08日

e0006692_1439402.jpg 今日は一転して曇り空だ。気分的に重たい。とかなんとか言ってないで、年度末だろ、早う仕事せんかい。こんな時はエバンス様かな。ラファロとかビレッジ・バンガードとかばかり言ってんじゃないよ、リバーサイドのエバンスは全部素晴らしい。とりわけ「シェリーズ・マンホール」のライブは絶品さ。と言うわけで最初は「アット・シェリーズ・マンホール」を聴く。

e0006692_14511698.jpg まずは何と言っても冒頭の3曲。「イズント・イット・ロマンティック」。浪漫的ならずや。その通りです。そして「ザ・ボーイ・ネクスト・ドア」、「ワンダー・ホワイ」。如何なる少年が居るのか、ワケも分かりません、どんな歌なのか知りもしませんが、とにかくそんなことはどうでもいい。この音。音が全てを語ってくれる。この流れが呆然とするほど気持ちいい。美しい。普通の感性を持っている人ならすぐに引き込まれる。天才とはこれだという演奏です。唖然として聴き入りました。

 思わず文体も敬体になってしまったが、改めて「格の違い」を見せつけられる演奏だ。4曲目の「スウェディッシュ・ペストリー」が、ちょっと流れを壊すような曲調なのが惜しいが、まあそれも聴く側の好みの押しつけで、これもあってエバンス・トリオなのではある。後半も佳曲名演が続く。

 続けて、この「アット・シェリーズ・マンホール」の残りテイクを収めた「Time Remembered」を聴く。頭5曲は「シェリーズ・マンホール」と無関係のソロの演奏が入っているが、今日はそれはとばして、ライブの続きから聴こう。もともとこのCD、同じタイトル、同じ図柄でLPで出た時から持っていたが、ソロは入っておらず純粋に「シェリーズ・マンホール」の残りテイク集だった。そして曲順もまるで違っていた。今日はプログラム再生でLPの曲順で聴いてみる。「フー・ケアーズ」で始まるこの流れの方がいい。

 それにしてもオーリン・キープニュースは、どんな基準で曲を選んだのだろうか。残り物というのに、まるで遜色なく素晴らしい。最初からビレッジ・バンガードみたいに2枚に仕立てりゃあよかったのに。この時代がビル・エバンスの絶頂期だったんだな。この2枚を、できれば当日の流れで、1枚にぎりぎりに詰め込んだのを作って聴いてみたいと思った。

 改めて思うのは、エバンスはアドリブ・ソロが凄い。即興で泉のように溢れ出てくる美しい音の流れ。圧倒的だ。そこが巷に溢れる「エバンス派」ピアノと決定的に違う所だ。ジャズは即興の音楽だ。この前マイルスの「ラウンド・ミッドナイト」聴いて驚いた。1曲目のタイトル曲、天下のマイルスが、さあどんなソロで来るかと身構えていたら、ご本人はテーマだけ。なんとコルトレーンがソロを取って終わり。そんな格好ばかりの「虚人」ではない、即興演奏で感動させる真の「巨人」の音楽がここにはある。百年後の人だって、このライブ盤や「ワルツ・フォー・デビー」を聴いて感動していることだろう。
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by pororompa | 2009-03-08 12:50 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ラッセルホブス カフェケトル semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 08日

e0006692_051743.jpg 今まで使っていた「メリタ アロマサーモ」っていうコーヒー・メーカーがいやになってきたので、電気ポットを買って手で淹れることにした。息子の金がかかる話を聞いた後なら買わなかったかも知れないけど。

e0006692_111043.jpg その「メリタ アロマサーモ」ってのは、買った時は淹れた後保温が効く点がいいと思って買ったんだけど、中が見えないのがあんまり面白くなく感じだしてね。淹れたことも忘れることが度々。ただのボケではないかという話もあるが。

 やっぱり目の前で淹れるのがいいわい、原点に返りましょうと思ったんだが、ガスなんかで湧かすのが面倒くさい。電気ポットでドリップができるような注ぎ口になっているのはないか。ところが電気使うならもう最後まで作るコーヒー・メーカーということになるし、手でやるなら趣味のものだから喫茶店にあるような細い注ぎ口のケトルになる。それでも、あることはあった。イギリスの電器メーカー「ラッセルホブス」社の「カフェケトル」という製品。ネット通販で6249円也。昨日届いた。

e0006692_1304039.jpg いやあこれは便利です。水汲んでカパッと置いてスイッチ押せば、あっという間に湧く。湧いたらランプで分かるし、自動的にスイッチを切ってくれる。また水が少ない時も空焚き防止で切れる。でもコーヒー1杯分でもOK。注ぎ口は細めでドリップに支障はない。評判ほど持ちよくはないのがやや不満だが、手の大きい人にはこれでいいのだろう。

 やっぱドリッパーにお湯が注がれてコーヒーができあがるのを見れるのがいいわ。今までのも何人かで飲む事務所とかにはいいかも知れないけど、休み中に一人で飲むならこっちの方がいいな。


 追記:半年でスイッチが壊れた。イギリスのメーカーでも作っているのは中国。やはり粗製濫造品なのかね。

by pororompa | 2009-03-08 01:31 | 日常雑事 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 219】 I SALONISTI / THE TITANIC BAND - THE BEST OF I SALONISTI semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 07日

e0006692_1233534.jpg 10日間ほど一人暮らしが続いた。妻が横浜にいる息子の引越しの手伝いに行っていたためである。いろいろ大変な苦労があったようだが、それでも万事滞りなく済ませたと思ったその時に、衝撃的な連絡が入ってきた。大学院にも合格して入るばかりになっていたというのに、なんと「卒業できなくなった」という。単位計算のミスのようだ。

 これを聞いてぼくが怒れなかったのは、実はぼくも同じ様なことを若い時にやらかしているからである。卒業はできたが教員免許に2単位足りないことが分かって、通信で取り直したのだった。こういう時に大学というのは非情だが、別に恨むつもりはない。こちらが単に馬鹿なのだ。どうもこういう馬鹿さは遺伝するらしい。ぼくの時は、「どうせ取り直すなら一から小学校の免許でも取るか」ということになって、今の職がある。結果的にはよかったかもしれないので、「人生万事塞翁が馬」ということは言えるが、今回ばかりはどう考えてもよいことにはなりそうもない。

 一番の問題は経済的な問題である。今朝も「どうする」と問いかけて妻はパートに出かけたが、「どうする」と言われても答えが出てこない所に憂鬱さがある。あまりこういう問題はぼくを煩わせずにうまく切り抜けている妻だが、今回ばかりは弱り果てているようだ。と言って、ガソリン代込み月25000円の小遣いで生活しているぼくにはもう切りつめようがない。25000円てあんまり聞いたことがないよね。もっとも、飲みにも行かない、煙草も吸わない、ゴルフもしない、本借りてきて音楽聴いてりゃ楽しめる人間だから、特に困ってはいないんだけど。それにしても真面目に小学校の教員しているのに、二人の子どもをまともに大学に出せないような国なんだなあ、この国は。ぎりぎりまで借金しまくって、定年まで耐乏生活を延長して、何とか切り抜けるしかないかな。

 さて、年度末でカバンは持って帰った仕事でパンパンに膨れあがっているし、花粉症で目は痛いし、これで曇り空ならドーンと落ち込む所だが、幸い春らしい光がたっぷりと入ってきた。仕事の方も、最後の参観日と卒業生を送る会で仕掛けた曲と台本が好評で、気分的には上向いてきた所だった。子どもの頃から貧乏には慣れているし、何とかなるだろうと思うことにする。

 さて、斯様に微妙なる気分の日々の音盤は如何に。「タイタニック」ではますます沈んでいきそうだが、これは映画の中で沈みゆく船上で演奏したことで有名になったというだけで、別段落ち込むような音楽ではない。欧米では「サロン音楽」というジャンルがあって、再生音楽がまだない時代に、然るべき社交場で生のBGMを提供してきたらしい。イ・サロニスティは、現代版サロン音楽のバンドで「タイタニック」以前から人気を博していたという。

 聴いてみると、思ったよりクラシックっぽい。それもそのはず、メンバーは元々交響楽団のメンバーで、編成も弦楽四重奏にピアノが加わった普通のピアノ五重奏団である。あとはアレンジ次第ということになるわけだが、どうしてもクラシック畑がポピュラーものやるとリズムの切れが悪くなる。かといって、どクラシックだとあんまり面白みがない。「黒い瞳」は重苦しく、ディズニー・メドレーは煌びやかなだけで野暮ったい。ベスト盤なので、統一感もあまりない。

 でも、はまる曲をやるとぴったりはまる。すごくいいのと、うんざりするようなのが、交互に出てくるようなアルバムだ。1曲目の、実際にタイタニックが沈む間際まで演奏されていたという賛美歌「主よ、みもとに近づかん」が特にいい。他にも、レスピーギやポンセ、ブーランジェの聞いたことのない小品をやっているが、どれもいい。ハンガリー民謡や、有名な「モスコーの夜は更けて」もよかった。

 そしてオマケに入っていた最後の日本向けの3曲、「浜辺の歌」「赤とんぼ」「からたちの花」がよかった。いかにも日本市場に色目を使ったあざとい選曲のようだが、実にぴったりとはまっている。考えてみると、日本の曲と言っても、「浜辺の歌」にしろ「からたちの花」にしろ、クラシックの延長上に書かれているので、洋楽そのものだ。これを「和」の雰囲気にしているのは、詞のイメージが大きい。この「浜辺の歌」は子どもの頃からぼくは大好きで、いつも故郷の金ヶ浜を犬と散策する時に歌っていた。「からたちの花」にしても、いつかラジオで岩崎洸のチェロで聴いて以来大好きになった曲だ。自分の幼少の音楽的趣味のある一部分を、強固に形作っている。このイ・サロニスティが同様に山田耕筰や中田喜直の曲を演奏したアルバムを作っても特に売れはしないかもしれないが、少なくともぼくは買う。この最後のオマケで星半分は上がった。
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イ・サロニスティ 「主よ、みもとに近づかん」(YouTube)

by pororompa | 2009-03-07 13:11 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)