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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 210】 THE MODERN JAZZ QUARTET / FONTESSA semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 25日

e0006692_1255593.jpg 外の寒波もどこ吹く風、部屋に引き籠もって大音量でひたすらジャズを浴びている。音がよくなりゃ今度はこれだ。LPの昔から音がひどくて聴くに堪えなかったMJQの「フォンテッサ」。

 10代の、まだジャズを聴き初めの頃、このLPを買って、帰りに延岡の町のオーディオ・ショップを覗き、ついでにかけてもらったことがある。音が鳴り出したら露骨に怪訝な顔をされた。それもそのはずベースの音がほとんど聞こえない。ミルトの音はまるで小学校の「鉄琴」だ。何とも情けない音だった。

 ものの本によると、アトランティックという会社は元々あんまり録音がよくないという話だ。それだけに「ヨーロピアン・コンサート」は貴重だということらしいが、「ピラミッド」はそうひどくない。せめてあの程度の音で残しておいてほしかった。

 最近CDで手に入れて聴いてみたけど、そのLPよりはいくらかいいものの、やはり元々入っていない低音は出しようがないのか、期待したほどの音は出なかった。これを新しい装置で試してみよう。アンプのトーン・コントロールのベースを最大に上げて、高音をやや抑え気味にしてみる。ちっとはジャズらしくなってきた。

 ぼくは若い頃から不思議だったのだが、MJQというとこの「フォンテッサ」や「大運河」「ジャンゴ」が挙がるけれど、「ピラミッド」や「コンコルド」「ポギーとベス」なんかの方がずっといきいきしているし、上なんじゃないかと思えたことだ。このアルバムの音質が「ピラミッド」と同じだった場合、本当にそれ以上の代表作なのかということを、今比較して検証してみよう。

 1曲目「ヴェルサイユ」。同じジョン・ルイスの「クラシックかぶれ」の曲でも、これはちょっと硬い。「ヴァンドーム」の方がよほどジャズらしくスウィングする。次の2曲目の「エンジェル・アイズ」は、3曲目のタイトル曲「フォンテッサ」が「ピラミッド」に当たるだろうから、「スウィングがなければ意味がない」と勝負する。これは好みとしては「スウィングがなければ意味がない」のスウィンギーな演奏の方が好きだが、ミルトのバラード・プレイも素晴らしいから同点としよう。

 そこで問題のタイトル曲比べ。ここはMJQをどう見るか、どこを評価するかということと関連するから、一概には言えない。「フォンテッサ」もジョン・ルイスの持ち味の美しいメロディーが散りばめられていていいが、やはりジャズ的に見た場合いささか「頭でっかち」という感じもする。ここは「ピラミッド」の圧倒的なグルーヴ感が優ると思うのだ。これでA面については「ピラミッド」の勝ちとしよう。

 B面に入ると「虹の彼方に」や「ウィーロー・ウィープ・フォー・ミー」など魅力的なスタンダードが並ぶ中にミルトの「ブルーゾロジー」が絡んで、「フォンテッサ」も捨てがたい。「ピラミッド」の方は、曲も1曲少ないし、2曲目の「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」がやや落ちる。だが、「ジャンゴ」も名演だし、「ロメイン」が光り輝いている。個人的にはこれも「ピラミッド」に軍配が上がるが、まあ同点としておこう。

 こうして見ると、やはりぼくの中では「ピラミッド」>「フォンテッサ」だが、「フォンテッサ」もこれまで思っていたよりはずっといいアルバムに思えてきた。特に11分の大作「フォンテッサ」が楽しめれば、確かに代表作の中に入れてもいいと思う。やはり何だかんだ言っても凡百のアルバムとは比べ物にならないくらいの風格が漂っている。初めて聴いた時から30年以上経っているが、今また新しい発見があった。今後音質が劇的に改善されれば、新しい愛聴盤になってくるだろう。
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by pororompa | 2009-01-25 12:58 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 209】 THELONIOUS MONK / THE UNIQUE semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 24日

e0006692_21544717.jpg こんなのが良く聴こえる。これも装置の交替がもたらす効果なのだろうか。モンクの「ザ・ユニーク」。CDの中ではずいぶん早くに買ったものだ。

 CDを買い始めた30代前半というのは、ぼくの中ではジャズが聴けなくなっていた時代だった。いや、音楽自体にあまり感じなくなってしまっていた。少年サッカーに入れあげていた時代が終わって、田舎暮らしが始まり、さて音楽でも聴こうとしたが、あんなに好きだったジャズが面白くない。感性が鈍ったのか。少年時代に遡って、分かりやすい音楽からもう一度聴き始めた。

 そんな時だから、このモンクも、あまりいい印象がない。売ろうかと思ったこともある。こんな変てこな音楽も若い頃は面白がって聴いていたよなあ、そんな風に思えたものだった。

 今日久しぶりにこれを引っ張り出して聴いてみると、ずいぶんいい感じだ。録音は1956年。モノラルのようだ。モンクとしてはリバーサイドでの2作目である。全編スタンダード集で、その前はエリントン集だったから、どうして早くオリジナルをもっと入れさせなかったのかと、ジャズ史では評判が悪い。ロリンズやコルトレーンと共演して名盤を連発するのはこの後だ。

 だがなかなか面白い。特に「ダーン・ザット・ドリーム」がいい。ソロによる訥々とした「メモリーズ・オブ・ユー」も味わいがあるし、「ユー・アー・トゥー・ビューティフル」もしみじみと弾いている。
 
 英文ライナーを見ると、"very personal treatments of great standards"とある。スタンダードの「超個性的解釈」というわけだろう。スタンダードを弾こうが、やっぱりモンクは強烈にモンクだ。音も、ピアノの音がジャズらしい響きがする。モンクもやっぱりいいなあ。そんな風にまた思わせてくれたのも、やはりこの音かな。装置の交替がもたらしてくれたくれたものは、予想以上に大きいのかもという気がしてきた。
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by pororompa | 2009-01-24 22:38 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 208】 CROSBY, STILLS, NASH & YOUNG / AMERICAN DREAM semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 24日

e0006692_14445090.jpg 心安らかな休日だ。寒波が来るということだったが、確かに朝は多少冷えて氷も張ったものの、昼間は温かい日が射し込んでくる。

 音も良くなったので、今日はあれこれと聴いてみることにする。手始めに、これ。確かぼくが買ったCDの第1号だ。ライナーの隅に鉛筆で「'89.3.31 宮崎(音楽堂)」と書いてある。この頃もまだこんなメモを書き込んでいたのだろうか。山間の僻地校に赴任する直前に、CDプレーヤーを買い、それとともに買ったCDがこれだったと記憶する。それにしても3月31日なんて。当時は引越しと転勤で大騒動していたはずだが、そんな日にも中古屋を覗いていたわけか。

 LPに不満はなかったのだが、あれよあれよという間に時代はCDに取って代わり、やむを得ずCDプレーヤーを買ったのだった。そのCDプレーヤーは、DENONのDCD-1610。ごく最近まで動いていて、この前とうとうゴミに出されたあれだ。その間、トレイは故障したし、ブランクも時々あったけど、何と20年間も動いていた。りっぱなものだ。

 CDも20年前ということになる。CDというのは寿命がどうだとか言われたが、今日現在このCDは何の問題もなく音を奏でている。よかった。今またCDプレーヤーを取り替え、その手始めにこのCD購入第1号盤を聴くのは何か感慨深いものがある。

 CSN&Yもこの辺りになると一種の「再会セッション」だから、往年の緊張感はもうない。このアルバムも前半のニール・ヤングの好調さだけが印象に残り、後はやや影が薄い。まあナッシュはいつもこんな感じだし、クロスビーも麻薬でおかしくなっていた中でそれなりに存在感は出しているが、凋落が激しいのがスティルスで、この作品からスティルスの駄曲を省いたら、もっとすっきりしてアルバムのレベルも上がるのにと、スティルスには気の毒なことを今日思った。

 いつものように各自の作が順番に出てくるのではなく、①ヤング②スティルス(ヤングとの共作)③ヤング④ナッシュ⑤ヤング⑥クロスビー、というふうに、前半の聴き所にヤングの曲を並べ、その間にそれぞれの作が出て来るという構成である。CDはただでさえ長く収録できるので後の方の曲の印象が薄くなる上に、B面がないからよけい初めの方だけが印象に残りやすい。これはヤングの曲が質的に抜けているためにやむを得ずこうなったのではないだろうか。

 事実ここでのヤングの4曲は素晴らしく、一人でアルバムを支えていると言っても言い過ぎではない。軽快でありながら「アメリカン・ドリーム」なるものへの皮肉たっぷりのタイトル曲、「愛」の美名を弄びながら戦争を続け国民を欺く支配者を告発する「ネイム・オブ・ラブ」、そして「夢の上に建てられた思い出の我が家を、明日銀行家ども奪い去ってしまう」としみじみと歌う「オールド・ハウス」、そして後半に配置したラブ・ソング「フィール・ユア・ラブ」など、名曲揃いだ。録音もニールの牧場の私設スタジオで録られたようだし、時代を越えてニールと他のメンバーとの力の差が出てしまっている。
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by pororompa | 2009-01-24 15:50 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 オークション悲喜こもごも semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 24日

e0006692_11163472.jpg 落札と出品の両方でヤフー・オークションを利用した。買ったのは写真のマランツ SA8400。売ったのはCECのCDプレーヤーCD3300RとCDを4枚、それに娘が中学生の頃使っていたクラリネット。

 このクラリネットの落札者がとってもいやなやつで、今週はずっと気分が悪かった。落札した途端にこちらからの連絡を待たずに、送り方まで詳細に指定したメールを送りつけて来る。それだけでも嫌な感じがするが、驚いたことに落札額の端数を勝手に値切っている。さらには電話をかけてきて、「ゆうちょ銀行の番号が違っている、そんな番号はない」とぞんざいな物言いでほざく。何のことはない、本人の番号間違いである。物が届いたら今度は「これはフランス製ではなくドイツ製ですねえ…」などと嫌味なクレーム。フランス製と書いたわけでもない。勝手な思い込みだ。そんなに心配なら質問ぐらいするだろ、落とす前に。「すぐ返品してくれ」と言ったら、もう勝手に修理に出している。「修理代を半分持つから証明するものを送れ」と言ったら、礼もなく無礼な口調の返事。何から何まで嫌味なやつだった。

 CD3300Rの方は、不具合を書いておいたにも関わらず意外に高い落札。こちらの方こそクレームが来てもいい品で、「返品もOK」とわざわざ書いておいたのだが、丁寧なお礼が来ただけだった。

 CDは久しぶりに出したのだが、以前に比べて売れない。売れても落札額が低い。急速にCDが売れなくなっているのを実感した。

 さて、買った方のマランツ SA8400はというと、これは「当たり」だった。同時に替えたケーブルとの相乗効果で、音が激変した。外見もほとんど「美品」と言っていいくらいきれいで、これは本当にうれしい。ただ、買った日の翌日から愛猫ピンちゃんの「喪中」だったので、にぎやかなものを聴く気分ではなく、落ち着いてしめやかな感じのものを聴いていた。

 特によかったのが、ピアノとベースのデュオ。チャーリー・ヘイデンとケニー・バロンの「ナイト・アンド・ザ・シティ」。このプレーヤーとベルデンのケーブルで、高音だけでなく、低音も大きく変化した。床を通じて足に伝わってくる。ベースののびが明らかに違っている。このガツンという手応えのピチカートが、ジャズを聴く幸せを伝えてくれる。BGMにさせてくれない。

 今、オークションを活用して、古いオーディオを売り買いしながら楽しんでいる人をネット上で時々見かけるが、上手にやればあまりお金もあまりかけないですむ。これほど音が変われば、なかなか面白そうな遊びだなあという感じがした。

 今、我が家で、何とかがんばって鳴っている古いマシン達。

 CDプレーヤー:マランツ SA8400
 プリメインアンプ:マランツ PM-90
 スピーカー:ダイヤトーン DS-700Z
 レコードプレーヤー:TRIO KP-800

 それに、こいつのおかげかも、という感じのケーブル。

 RCAケーブル:ベルデン8412
 スピーカーケーブル:ベルデン8460

by pororompa | 2009-01-24 12:14 | こころの糧 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ピン 永眠 semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 18日

e0006692_15124679.jpg 我が家の家族として、長年生活をともにしてきた愛猫ピンが、今朝永眠しました。15歳でした。

 ピンは、この家を建てた年にもらわれてから、我が家の子どもたちとともに成長し、子猫を産み育て、エイズと診断されても子猫たちよりも長く生き続けました。昨年末から顔面にできた腫瘍に苦しみましたが、子どもたちが帰っている時も元気に迎えて正月を乗り切りました。死の1時間前まで爪研ぎをし、階下に降りてトイレに行き、ちゃんと砂をかけていました。そして今朝6時に永い眠りに入りました。

 可愛がっていただいた全ての皆さんに感謝致します。

(写真はまだ元気な頃、プレーヤーの上で眠るピン)

by pororompa | 2009-01-18 15:25 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(1)

semスキン用のアイコン01 マランツ SA8400 + ベルデン 8460 semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 17日

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 新しいCDプレーヤーが届いた。「マランツ SA8400」という機種。中古どころか「生産完了品」だったりする。

 今まで使っていた「CEC CD3300」に悩まされたので、とりあえずまともにCDがかかるのが欲しかった。とあるサイトで、名録音家の及川公生氏が推薦していたのでこれも対象にしたのだが、この他にCDプレーヤーとしては定番の「DENON DCD-1650」なんかも対象に入れて、3万~4万ぐらいで探していた。程度のいいのが3万即決で出たので落としたのがこれだ。

 SAという名前の通り、音がよいという触れ込みのSACDも聴けるプレーヤーである。と言うよりそちらがメインなのかもしれない。

 SACDにも興味はあったのでこれにしたのだが、調べてみるとSACDというのは落ち目であんまりソフトが出ていない。一応一枚でも試してみようと思って、ビル・エバンスの「エクスプロレイションズ」を買ってみた。この「エクスプロレイションズ」というアルバムは、忘れもしない十数年前、CDの音に疑問を持ち、LPと切り替えながら聴き比べをした時に使ったアルバムだ。その時に感じた圧倒的なCDの音の悪さ。それは衝撃だった。それでも世間はCD一色になり、ぼくも便利さに負けてCD一辺倒になってしまったが、この「エクスプロレイションズ」のCDだけは未だに聴く気がしない。そういう因縁のある作品でもあるし、大名盤なので、今回初めてSACDを試すにあたりこれを選んだ。

 さて、とりあえず繋いで聴いてみた、最初に聴いたのは「オーバーシーズ」。なんか元気よすぎるというか、うるさいかな。次にビーナスのケン・ペブロフスキーのクラリネット。これはまあ、うん、普通にいい音。歌物はどうかと、ライ・クーダーの「パラダイス&ランチ」。これはきらびやかでいいね。ま、普通に鳴るだけでもいいや。

 ただ、意外な誤算が。かかりが遅い。それはCDかSACDかを読み込んで判断しているからだ。前持っていたCDレコーダーのことが脳裏をよぎった。音は悪くなかったんだが、「CD? CD-R?」と点滅してなかなか始まらないのがいらいらするので売り払ったのだった。その後もトレイが出て来ないのや、逆に出て来過ぎるのやらに悩まされ、やっとまともにかかるのが来たと思ったらこんなことだ。音以外のことで悩まされる。それでもまあ、点滅はないし、CDレコーダーの時ほどの遅さはなかったから、何とか我慢できそうではある。

 さて、せっかくだから「SACD」とやらも試そうかと思い、「エクスプロレイションズ」をトレイに乗せた。 「・・・・・。」 まあ、音はいいと言えばいいけど、それほどの違いは感じないかなあ。もっといい装置なら感じるのかも知れないけど。持っているCD版よりは明らかに音はいいような気がするが、LPを越えた感じはしないな。ま、こんなもんやろ。それほど期待もしていなかったので落胆もさしてなし。

 そう言えば暮れに買っていたスピーカー・ケーブルがあった。「ベルデン 8460」。プレーヤーも替えたので、こいつも繋いでみよう。古いケーブルを外すと、接点がずいぶん汚れている。水害の泥が残っていたりしている。このスピーカー「ダイヤトーン DS-700Z」もウーファーの下辺りまで水に浸かったんだった。温まるまで片チャンネルしか鳴らないガタガタのアンプ「マランツ PM-90」といい、真面目に音を語るのがばかばかしいような装置で聴いているなあ、我ながら。

 そう思いながらかけた。出てきた音は、初め数秒、音がかすれていた。それが過ぎてから驚いた。何これ?。MJQの「コンコルド」の、バイブの金属音がカキーンと澄み切っている。リバーサイドのボビー・ティモンズをかけた。サム・ジョーンズのウッド・ベースがズーンと来る。なんでケーブルでこんなに変わるの?ヴォーカルは?生ギターとかも面白いのでは?

 そう思って、若い頃聴き馴染んだCS&Nをかけたら、シャキーンと甦った。これは面白い。思わず大音響で「青い目のジュディ」を鳴らす。次はクラプトン、ボトルネックが生々しい。

 CDプレーヤーよりケーブルの方が音が変化したのは皮肉だが、CDプレーヤー騒動が接続関係の刷新に繋がって音が改善されたのだろう。「ベルデン 8460」というのは見た目にも貧相な線だったが、音は驚くほどスカッとした。

by pororompa | 2009-01-17 22:14 | こころの糧 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 207】 MAL WALDRON / LEFT ALONE semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 12日

e0006692_22294811.jpg マル・ウォルドロンという人はよう分からん人である。このアルバムもずいぶん聴いた気にはなっていたが、よく分かっていなかったと今日思った。

 まず、タイトル曲の「レフト・アローン」とそれ以外の曲がかなり雰囲気が違う。ジャッキー・マクリーンが吹いているのはタイトル曲だけで、後はピアノ・トリオのアルバムだ。流行歌のような「レフト・アローン」が強烈で、後はオマケのようにもある。今で言うマキシ・シングルのような感じだ。

 その「レフト・アローン」、やっぱりいい。いいものはいい。誰にも分かる通俗性を持っているが、それでいてやはりジャズでしか出せないような、濃厚な旨味を滴らせている。役者もぴったりはまっている。名曲であり名演だ。

 元々このアルバムはビリー・ホリデイの追悼盤として作られたものだ。この「レフト・アローン」という曲もビリー自身の作詞した歌詞があるという。そして作曲は晩年のビリーの伴奏者だったマル自身だ。マクリーンのアルトはビリーの代役だったわけだ。ところがこれが代役どころか、はまりすぎるほど主役である。

 いっそこのムードでマクリーンが全編吹いても面白かったと思うが、2曲目からトリオによるマル・ワールドが展開する。この2曲目の「キャット・ウォーク」という曲がまたいい。テンポは中くらいに上がるものの、マイナー・キーのままである。そして3曲目がスタンダードのバラード「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ」。またしてもマイナー・キーで、かなり遅いテンポだ。浅川マキが歌ったらいい感じだろうな。重く、暗く、沈み込む。ずぶずぶだ。

 B面が一変してアップ・テンポのオリジナルに、ロリンズの「エアジン」。このねちねちしたくどいようなフレーズも確かにマルだよな。苦手なマルのソロ・アルバム「オール・アローン」を思い出す。最後は英語のインタビューときた。

 B面入れたら星半分落ちるけど、こういう大名盤というのは、A面の圧倒的な存在感だけで平伏。ずぶずぶに五つ星。恐れ入りました。
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by pororompa | 2009-01-12 23:10 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 206】 GARY PEACOCK / TALES OF ANOTHER semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 11日

e0006692_17544717.jpg 朝起きて何気なくメールを開くと、オークションで手頃な中古CDプレーヤーが出ているとの知らせだ。トレイが出たり入ったりのCECにうんざりしていたので、代わりのプレーヤーを探していたのだ。即決ありというところもいい。もう競り合いとか面倒なのですぐ落とした。

 ヤフー・オークションもいい目ばかりを見たかというとそうでもなく、けっこうひどい目にあっている。それでもやめないのは、やっぱり金がないため。安物買いの何とやらになってしまいかねないが、当座の金がないので、中古ですますことになる。今度こそまともであってほしい。少なくとも定年まであと8年はもってほしい。新品なのに2年ぐらいしかもたなかった「ハズレ」の「CEC CD3300R」は、代わりに不具合を書いてオークションに出した。捨てるよりはよかろう。

 そんなわけでCDを聴く気がしなくなった。しばらくはLPにしよう。ゲーリー・ピーコックのECM盤「テイルズ・オブ・アナザー」。メンツはキース・ジャレットの「スタンダーズ」と同じだが、こちらの方が早い。元祖スタンダーズだ。

 長年ジャズを聴いたがどうもキースはもう一つ好きになれない。このアルバムは例外的に好きだが、リーダーがキースでない所がよかったのかもと今になっては思う。曲は全曲ゲーリーの作。A面1曲目が特にいい。

 熱が入ってくると始まるキースのうなり声。粋でもないし、美しくもない。こいつがなければなあ。でもアドリブ・ラインは後の時代に比べると抑制が利いてきれいだ。他人のアルバムだからだろうか。

 ピアノもベースもいい音だ。さすがECMのアナログ盤。扱いが悪かったからプチプチがひどいけれど、それを忘れるくらい深い響きがある。ただ、今はどうか知らないが、このゲーリー・ピーコックという人は音程が不安定な感じがする。それでも斬新なフィーリングがあって、すでに新しい時代のベーシストという感じがした。

 アコースティックのピアノ・トリオなのに普通の4ビートじゃなくて、'70年代に聴いた時はずいぶんと新鮮に感じたものだ。「主流ジャズの未来形」と思いながら聴いていたのは、当たっていたとも言えるし、当たっていなかったとも言える。もう少しこの方向での傑作を、現代ジャズで聴きたいものだ。 
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by pororompa | 2009-01-11 18:41 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 205】 RY COODER / INTO THE PURPLE VALLEY semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 04日

e0006692_1617710.jpg のんびり正月ムードも今日までだ。日が差す午後にピスタチオを囓りながら、ふと聴いてみたくなったのはライ・クーダー。初めから順に聴こうとこれを選んだら、かなりよくてもう一度聴き直し。

 初めからと言ってもこれは第2作。1作目はLPで水害まで持ってたが、あんまり好きじゃない。このアルバムは好きだけど、まあ、「ブーマーズ・ストーリー」や「チキン・スキン・ミュージック」が文句なし五つ星とすると、その次ぐらいかなと思っていた。「中頃からよくなるけど始まりがイマイチ」とか思っていたけど、対訳見ながらじっくり聴いたら、やっぱりこれも傑作だ。

 ボーカルは初期の頃だからいっそうヨレヨレ。でもヘタウマ的な味わいで聴かせる。ギターはもちろんスライドにピッキング、アコギにエレキ、たっぷり聴ける。マンドリンもいい。

 昔の雑誌のインタビューを引っ張り出してみた。大観衆の前で跳びはねるような音楽ではなくて、"Village character"「村的な性格」の音楽がいいと答えている。そういう中でしか生まれない音楽的感動について言及している。ライの作品や、「ブエナ・ビスタ」を仕掛けたライの仕事を思いながらこのインタビューを読み直すと、大いに納得できる。

 アルバムは、労働組合潰しの暴力団を告発したウディ・ガスリーの「自警団員」で終わる。この辺りも、最近の傑作「吾輩は赤猫バディである」を聴いた今は、いっそう感慨深い。ライの取り上げる音楽への理解と共感は、興味本位の表面的なものではなく、かなり深い所にあったようだ。
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「自警団員」を弾き語るライ
アルバム収録曲「Teardrops Will Fall」を歌うライ

by pororompa | 2009-01-04 17:02 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 204】 高田渡 / FISHIN’ ON SUNDAY semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 03日

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2009年 明けましておめでとうございます。どんな方が読んでくださっているのか分
かりませんが、たまに読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。今年も、週
一、二回ぐらいの更新でのんびりと書いていくつもりです。どうぞよろしくお願いします。
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e0006692_14432430.jpg その日何を聴くかは、半分くじ引きのようなものだ。実際、目をつぶって棚から一つ抜き出すこともある。曲をシャッフルで聴くことが一般化している時代だし、偶然性に選曲してもらうのもたまには楽しい。

 出かける前は、新年一番の書き込みを高田渡にするとか全然考えていなかった。預かっていた甥っ子のつきあいで、近所のブック・オフに久しぶりに行ってみて、2枚買った内の1枚がこれである。古くから高田渡ファンのぼくだが、これは持っていなかった。買おうとは思っていた。ずっとAMAZONのカゴに入っていた。

 高田渡は、ベルウッドの3部作。いつの時代でも彼は人間としては面白かったし、晩年のリバイバルにぼくも拍手を送ったが、冷静に見るなら、フォーク・シンガーとしての彼はベルウッドの3部作を作った20代前半で燃え尽きていたとぼくは感じていた。それでもぼくは、忘れ去られていた時代の作品を買おうとはした。でも、'80年代の「ねこのねごと」がかなり厳しかったので、このアルバムまで手を伸ばす気がなかなか起きなかった。

 日向までの長い行き帰りに、車の中で二度三度とこのアルバムを聴く。思ったより勢いがある。覇気と言ったらいいのか。少なくとも「ねこのねごと」よりははるかに力強い。帰り着いてぼくはライナーノートをよく見た。発表は1976年。「ねこのねごと」が1983年だからそれより7年前。そして、最後の傑作「石」から3年後だ。次の年の77年にヒルトップ・ストリングスバンドと「ヴァーボン・ストリート・ブルース」を出している。

 この1976年という年がどんな年だったか。ぼく自身の好みは急速にジャズへと変化し、フォークなどをバカにして聴かなくなっていった。世間でもフォーク・ブームは質の悪いものに取って代わられ、フォークそのものも急激に勢いを失っていった。それでも20代後半の高田渡には、まだまだ何かを創り出そうという気持ちが漲っていたようだ。

 それにしてもCDから出てくる音はずいぶん力強い。細野春臣や中川イサトを連れてアメリカまで録りに行っている。高田渡自身もがっしりとギターを弾いているし、曲調も短調やブルースが増えて広がりを見せている。いったいどんな人が作ったのかと思い見ると、プロデューサーはご本人になっているが、ディレクターに「三浦光紀」の名前を見つけた。「ベルウッド」で数々の名作を作ったあの三浦氏が作っていたのだ。この人こそが本当のプロデューサーに違いない。ぼくは大いに納得した。若き高田渡の、まだ消えていない情熱を大事に記録したその仕事ぶりこそ、もっともっと讃えられてよい。

 それらへの敬意も込めて。
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by pororompa | 2009-01-03 17:55 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)