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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 166】 20 GOLDEN COUNTRY WALTZES semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 27日

e0006692_1945467.jpg 今日は一日庭にいた。朝は寒かったけどすぐに温かくなり、蚊もまだ出ないので庭で過ごすには快適な季節だ。この小さなスペースにも高いお金がかかっているわけだから、少しは楽しまなくちゃね。

e0006692_19535895.jpg 草刈りの続きをしようと思ったら妻が刈ってくれていたので、前から気になっていたアーチの場所を移動した。バンマツリがせり出してきたので1mばかりずらそうと思ったのだが、これが思ったより大変。地面を掘りくり返して、ネジを外して、水平を取って、鉄柱を打ち込んで…。それでも台風の時窓に飛んできたりしたらかなわないから丁寧にやったけどね。

 で、そのBGMにかけたのがこれ。オムニバスで、どんな人がやっているのかよく分からないんだけど、イナタいカントリー・ワルツが20曲流れてくる。米国白人民謡集って感じ。半分以上がインストで、ユルーい感じが今日の気分にぴったりだった。「モッキンバード・ヒル」「テネシー・ワルツ」「グリーン・スリーブズ」「アメイジング・グレイス」。いいね、名曲って感じだね。「ノルウェーの森」なんてのも入ってる。

 よく映画で「ガーデン・パーティ」なんてのがあって、生バンドがこんなのを演奏していたりする。雨のあんまり降らない地方って、夏までこんな感じなんかね。そんな映画に入り込んで、ちょっと離れて一人でコーヒー飲んでる主人公、みたいな気分で風に吹かれていた。何が映画の主人公だよ、庭だけでもまだまだやることはいっぱいだ。でもま、外の風に吹かれるって気持ちいいね。気が晴れるよ。
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by pororompa | 2008-04-27 20:05 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 あやしぃ、ミクシィ semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 26日

e0006692_2231343.gif 最近どうもこのMIXIというサイトがアヤシゲに見えてきた。「♪ナカヨシコヨシは何だかアヤシー」と陽水先生も歌っておるではないか。あのニオイがする。

 まずここのウリになっている「足あと」というのが気色悪い。見なけりゃいいのだがついここを見る。そうするとついクリックしたくなる。そうしていった先に書いてある文章を読むと、「オトモダチニナリマセンカ」とか「オカネモウカリマッセ」みたいなことが書いてあって何だかぞっとするのだ。調べてみると、「足あと自動巡回ツール」などというふざけたソフトが出回っているので、多分そんなのを使っているのだろう。「期間内でランダムに足あとをつけたり、検索ワードにひっかかる特定ユーザに足あとをつける機能」があるんだそうだ。「使い方次第ではお金稼ぎも可能です」などとうたっている。

 まあそうだよな。ブログだって掲示板だって人騙して金儲けしようっていう輩が押し掛けて来るのは法則みたいなもんだから。それでも、程度しだいだし、それ以上のプラスがそこにあればがまんするけど。

 ところがここの日記というヤツなんだけど、我が家の子どもたちも含めてみーんなおんなじデザインのページにせっせとカキコしてる。これがなんだかブキミだ。そしてそのデザインがまた、どうしようもなく野暮ったいではないか。よい子の日記帳なら小中学校で十分だろう。もう少し個性っちゅうものを発揮せんかい、オラー、とオヤジは吠えたくなる。そりゃブログでも、デザインは誰かが作ったのを選ぶだけだけど、それでもいくらか個性は出るだろう。こんなみんな同じデザインの日記帳に書き込んで喜んでいてどうする。

 それにやっぱりというか、じわじわ、じわじわと広告が増えてきているよな。まずは人を集めておいて、そろそろ儲けさせてもらいます、っていうのが見えてくるなあ。「勝手に書籍化されるのではないか」との疑惑を呼んだ「規約改定」っていうのもそんな臭いがするぜ、オジサンには。

by pororompa | 2008-04-26 22:32 | 日常雑事 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 165】 斉藤哲夫 / バイバイグッドバイサラバイ semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 24日

e0006692_20223076.jpg 今日は家庭訪問が少なかったので、年休を取り早めに帰った。本当は、帰ったら帰ったでやろうと思っていたことはあったのだが、「やる気」が出てこない。精神というやつはなかなかにやっかいなものだ。精神だって結局は肉体である脳味噌の産物なのだから、案外疲れや腹減りなんかが原因じゃないかと思ったりするのだが、そう単純な話でもない。よく分からんがとにかく「やる気」というやつは簡単には湧いてこないものだと思う。

 高田渡のサイトを覗いたりしてだらだらと過ごし、このアルバムを聴く。ノスタルジックな気分に浸って癒されるのかどうか分からないが、気分には合っていた。このアルバムに入っている派手な曲ではなく地味な曲がしっくりきたのである。「もう春です(古いものはすてましょう)」「頭の中一ぱいに続く長い道」「ここは六日町あたり」などを、ぼうっとした脳味噌に流し込んでいた。

 「おお、春が来た、窓を開けよう、新しい空気が空いっぱいに」と斉藤哲夫は歌っている。「今、少しずつだけれど、光が差し込んできた 僕の心の中に ゆっくりと広がりつつある」とも。ずいぶん古い歌だが、古びては聞こえない。

 思えば春である。暑からず、寒からず、いや暑いようで寒い。春は明るく弾むようなイメージだが、「春愁」という言葉もあるではないか。この季節がよくない人もいるだろう。ぼくもどうもこの季節がよくない。ただ音楽はいつもいい薬になる。
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by pororompa | 2008-04-24 21:16 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 164】 イ・ムジチ合奏団 / ヴィヴァルディ:協奏曲集「四季」 semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 20日

e0006692_22524424.jpg まあこれは「聴いた」というより「聞いた」に近いのだが、何しろ今日は春らしい陽気で、今年初めて庭に出てみた、そのBGMとして流していたのである。

 やっと花粉症も盛りが過ぎ、連休も近づいてきた。毎年荒れ放題の南向き庭に手を付ける季節だ。「庭開き」という言い方が似合う。南側の隣家が3階建てに近いような造りで、境界のぎりぎりまで壁のようにそそり立っているので、半年はまともに日が当たらない。だから冬場は放置している。家を建てた頃に植えた芝生は、今では消滅して雑草が繁茂している。乱れているようでも春の野草も悪くはない。ただこれから温かくなるとだんだん手が付けられなくなるから、刈り取らねばなるまい。

 何かもったりと聞こえる「四季」だが、頭の中ではもっときびきびしていたような印象がある。水害でLPをなくしてから買った廉価CDで、見てみると50年ぐらい前の録音である。LPの演奏とどうも違うようだ。第1バイオリンがこのフェリックス・アーヨだったか、ミケルッチだったか忘れたが、もう少しきりっとしていたような気がする。まあBGMにしている程度なので文句を言ってもしょうがない。これはこれでその時代にふさわしかったのだろう。そう言えばLPには譜面が付いていたが、今思うと贅沢な仕様だった。それを見ながら聴くのも楽しかったものだ。 

 草は思ったほど伸びてはいなかったので、テーブルを出してきてコーヒーを飲んだ。「春」のあのテーマがよく似合う風景だった。
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by pororompa | 2008-04-20 22:36 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 163】 THE BEE GEES / TWENTY-TWO HITS OF THE BEE GEES semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 19日

e0006692_13283081.jpg 時々お邪魔する、noanoa1970さんという方の「DRACの末裔による徒然の日々」というブログに、ビージーズの「若葉の頃」が取り上げられていたので、今日はこれを聴いた。「First of May」には早いが「若葉の頃」ではある。花粉症の季節もやっと終わり、外は陽の光に溢れている。連休が近づく頃に仕事も毎年一段落つく。

 ぼくは子どもの頃から、ビートルズよりもビージーズの方が好きだった。ラジオから流れてくるビートルズの声やサウンドになじめず、ビージーズの甘いメロディや震えるような高音の歌い回しの方にずっと惹かれた。「マサチューセッツ」は、小6で初めて買った何枚かのシングル盤の一つである。中学進学で与えられた英語の辞書で意味を調べたが、さっぱり分からなかった。「マサチューセッツに帰りたいちゅう歌だ」と兄は教えてくれたが。意味は分からなかくてもその甘いメロディだけで十分だった。B面は「ホリデイ」、これも大好きだった。

 その内、「小さな恋のメロディ」という映画がはやって、「メロディ・フェア」が巷に流れ出した。この映画に興味はなかったので見たことはないが、CSN&Yの「ティーチ・ユア・チルドレン」もこの映画に使われていたことはよく覚えている。友人が買った「メロディ・フェア」のシングルのB面が「若葉の頃」。聴き込む内にこちらの方も気に入ってきた。他にも「ニューヨーク炭坑の悲劇」「獄中の手紙」「ワーズ」「ジョーク」まさに名曲が目白押しである。全て自分達の曲なのだから見事と言うしかない。

 ディスコになってからのビージーズにはがっかりした。ディスコ・ミュージックは大嫌いだったからだ。今聴き直すとそれほど悪くはないが、ただあの裏声だけはいささか辟易する。ファルセットが嫌いというのではないのだが、なんというか、くどい気がするのだ。

 その歌声だけで少年時代を彩ってくれたビージーズだが、「若葉の頃」の歌詞を今読み返すと、なかなかよくできていたのだなと思う。”Now we are tall, and christmas trees are small~”というところなんかいいよね。おっと、いいオヤジが歌う歌じゃないか…。
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by pororompa | 2008-04-19 13:58 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 DCD-1610の復活 semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 13日

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 忙しい時ほど妙なことを始めてしまうことがありはしないだろうか。CDプレーヤーを買い換えた時に、捨てずに取っておいた古い方のプレーヤー、DENON DCD-1610の修理を、この忙しい時に始めてしまったのだ。

 そんなことを思い立ったのは、新しく買ったCECのCD-3300に不満が出てきたからである。一つは液晶表示板の見にくさだ。中近用眼鏡をかけていると、小さくて青い表示はさっぱり見えない。若い人にはどうでもよいことなのだろうけど、中高年には意外な欠点だ。そしてもう一つの不満は、トレイが敏感過ぎて、入れたCDがもう一度出てきてしまうことが多いことである。置き直さずにそのままもう一度ボタンを押すと今度はかかる。それでも確かに初めから慎重に置けば一度でかかることが多いから、結局置き方が悪いんだろうし、多分そういう仕様なんだろうけど、いらいらしてしまう。

 そんなこともあって、元のCDプレーヤーのDCD-1610が直せないかなと思いながら何気なく検索していたら、B太郎さんという方が開いておられる「楽しいB級趣味」というサイトに、興味深い記事があった。それによると、CDプレーヤーのトレイが出てこなくなったのはほとんどの場合ゴムベルトが劣化したからであり、「バンコード」というもので代用できるそうである。しかもぼくのと同じDCD-1610を直した様子が写真入りで掲載されている。これはひょっとして、ぼくでも直せるのではないかという考えが浮かんだ。

 実を言うとぼくは純粋な「文系人間」で、メカはまるで苦手である。おまけに工作が苦手で、子どもの頃から理科も工作も成績が悪かった。何かを作ってもまともに完成したことがない。職場では視聴覚主任や情報主任を仰せつかっているが、音楽聴きたさやインターネット見たさで何とか配線や操作は覚えるものの、中の仕組みはよく分からないし、第一興味がなかった。ソフトにはこだわるがハードには無頓着な人間なのである。そういう人間が、原理も分からない「CDプレーヤーの修理」など、無謀そのものなわけだ、普通。「それでも、ひょっとしてやれるかも」という幻想を持てるほどの説得力がそのページにはあった。「ダメモト」というのもある。どうせ捨てようと思っていた20年前のCDプレーヤーだ。ぼくは興味が湧いてとりあえずその「バンコード」なるものをヤフオクで取り寄せた。

 それは何かよく分からない樹脂でできた一本のひもで、これで輪ゴム状の部品を熱で溶かして繋げなくてはならない。その長さも分解して測るらしいので、思ったより面倒だと思った時は遅かった。始めてしまったからにはしょうがない。

 まずは二重になったDCD-1610のカバーを開ける。ところがそこからが分からない。通電してトレイを出そうにも、元々トレイが出ないから修理しているのだし、途方に暮れてしまった。あれこれいじくっている内にトレイは出てきたが、ベルトやピックアップに至るまでが分からない。悪戦苦闘してやっとベルトまでたどり着いた時は夜中の12時。ベルトが下にももう一つあるというので、これも試行錯誤してフロント・パネルを外す。この間、パネルのツメを一個折っただけで済んだのはぼくにしては上出来だった。

 さあて、2本のゴムベルトはなんとか外した。ところが、この輪ゴム状の部品を作るのがなかなか難しい。できたつもりがすぐに切れる。夜中の3時までかかってやっと2組作って寝た。朝起きてできをみると、あっさりちょん切れるではないか。がっくり…。作り直してはみたものの、もう半分は諦めて放って置き、溜まっている別の仕事にかかった。

 昼過ぎに見ると、何とか繋がっているようにはある。おそるおそるはめてみると、どうにかはまった。サイトには、「いろいろな長さを作って試せ」とあるが、そんな余裕はない。とりあえずこれでやってみよう。試してみると、ゆっくりだがトレイが動いた。妙にゆっくりな気もするが、とりあえず動いたではないか。何度も動かしても大丈夫だ。おお、成功だ。浮き浮きした気分でカバーを取り付ける。その時、確かにあったはずのネジが2本足りない。おかしいとは思ったが、まあカバーだしいいか、と思って気にせずにいた。

 さてCDを聴きましょう。ところが・・・。ん・・・?、鳴らん・・・。鳴らないどころかCDを認識しない・・・。この瞬間、どっと空腹を意識した。「ま、おれがCDプレーヤーを直そうとか思うのが間違いなんだよな」と言い聞かせながら、またいつか暇な時にいじってみようと思い直して飯を食う。

 腹が満ち足りたら、どうも気になってきた。意を決して、もう一度開けてみる。トレイを出し入れしながら、ふと気が付いた。トレイが作動する微妙な辺りに、ネジが外れて挟まっているではないか。しかも2本も。そこは磁力があるので吸い寄せられたようだが、それにしても笑ってしまう。ぼくの工作能力はこの程度だ。いつもネジが余ったり足りなかったりする。

 そして今度はあまり期待せずにCDを入れた。ゆっくり入っていく。そして読み込む・・・。読み込んだ!。その瞬間、実に唐突に「ワーク・ソング」が豊かな音で鳴り出した。おお、鳴った!!。そして音がいい。気のせいだろうか。買ったきりつまらんと思って放っていた「ワーク・ソング」が、生々しく鳴っている。何というか、響きが痩せていない。深い豊かな響きがする。元々はこのDCD-1610、CECのCD-3300なんぞとは格の違いはあるのだ。今その違いを、直感的に、音で感じてしまった気がした。

 たまに音跳びがするが、レンズの掃除をしたら収まった。今のところちゃんと鳴っている。まだまだ完全にとは言えないかもしれないが、とりあえず死にかけていた古いプレーヤーDCD-1610が甦って、また音を聴かせてくれた。しかもど素人の手で。インターネット恐るべし。そして教えてくださった方、ありがとう。

by pororompa | 2008-04-13 16:32 | こころの糧 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 162】 MILT JACKSON / THE BIRTH OF THE MJQ semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 12日

e0006692_1763986.jpg 年度初めの忙しさの中で、何度もこのアルバムを聴いた。疲れを取るような音楽ではないが、新しい仕事が始まる高揚感に合っていたのだろう。

 MJQ誕生までを丁寧に追った好編集盤。イギリスのAVIDという所から出ている。古い時代の音源は、オリジナル・アルバムとしての形がないわけだし、もう歴史的な共有財産に近くなっているから、今買い求めるなら編集者のセンスと音質しだいということになる。この盤は録音日順の編集で、メンバーや録音日などの詳しいデータを付けており、安いけれどしっかりした編集だ。音も悪くない。一部原盤のコンディションが悪かったのか音が揺れるのもあるが、十分鑑賞に堪える。

 内容は、ミルト・ジャクソン・カルテット名義のサヴォイ録音を中心に、ブルー・ノートでのモンクとのセッションや「Milt Jackson」の前半部分、そしてプレスティッジに初めて「Modern Jazz Quartet」を名乗って録音した最後の4曲、という構成である。レーベルをまたいで、75分詰め込めるだけ詰め込んであり、「Birth of the Modern Jazz Quartet」のタイトル通り、1枚でMJQ誕生までのミルトの歩みを概観できる。

 サヴォイ録音は、後にサヴォイがプレスティッジでのMJQ誕生に便乗し、「Modern Jazz Quartet」というタイトルでLPにまとめて発売したものだが、それも間違いとはいえないほど、もうMJQになっている。「朝日のようにさわやかに」など、後の録音に比べても遜色ないほど素晴らしい。その後のプレスティッジで初めてMJQを名乗った4曲は、新しさを気取ったのかちょっと硬い感じがする。この後の「Django」も、MJQの中ではぼくはあまり好きでない。ケニー・クラークが抜けたくなったのも分かる気がする。

 そうは言ってもこのミルト・ジャクソン、自身のリーダー作に今一つ名作と言えるものがない。やはり、しっかりしたフレームの中でこそ輝く人だったのだろうか。
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by pororompa | 2008-04-12 17:45 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 161】 PAUL SIMON / THERE GOES RHYMIN' SIMON semスキン用のアイコン02

  

2008年 04月 03日

e0006692_21165715.jpg 新年度が明けた。あまりにも多くのことが一度に切り替わるので、ついていくのが必死である。何年経ってもそうだ。ただこの時期の忙しさは、何かワクワクするような楽しい気分を秘めている。はたして今年度はどんな出会いがあるのだろうか。

 とまあ精神はいたって元気なのだが、年度末から走り続けた肉体はさすがに疲れ果てた。パソコンの前で眠りこけて、遠くに聞こえていたのがこのアルバムだった。

 このアルバムはぼくにとっては「夢のマルディグラ」を聴くためのアルバムだ。アコースティック・ギターのイントロに軽やかなリズムが絡んで、”Come on, take me to the mardi gras"とハモりながら歌い出す辺りは、何度聴いてもゾクゾクする。

 水害までは一応LPで持っていたのだが、それは遠い学生時代に隣室の人が置き忘れていったものだった。愛聴盤ではあったが、なんだか落ち着かない愛聴盤だったのだ。それでもポール・サイモンのベスト盤「Negotiations and Love Songs」に「夢のマルディグラ」が入っておれば、ぼくはこのアルバムをCDで買わなかっただろう。何でこれが入ってないのかいつも不思議でならなかった。その後出た新しいベスト盤には収まっていたが、それも当然の名曲である。

 もちろん他にも「コダクローム」や「アメリカン・チューン」なんかも入っているし、全体によいできのアルバムである。ただ、ガーファンクルのハーモニーが入ったセントラル・パークのライブ盤を聴き馴染んだ耳にはちょっと物足りなくはある。そう言えばあのレーザー・デスクも水害で捨ててしまったなあ。
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by pororompa | 2008-04-03 22:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)