ぽろろんぱーぶろぐ

pororompa.exblog.jp

ブログトップ | ログイン

semスキン用のアイコン01 <   2007年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 145】 CLIFFORD BROWN / WITH STRINGS semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 24日

e0006692_18422919.jpg ジャズの「ウィズ・ストリングスもの」って何なんだろうか。ジャズ・ファンでこの手のものをよく言う人はあんまりいない。ぼくもあんまり持っていないし、どっちかと言うといい印象はない。きちんと譜面に書かれ「予定調和的」に進むのが宿命のオーケストラは、即興演奏が命のジャズとは本質的に世界が違うし、音楽的に見ても甘ったるい砂糖をかけたようなアレンジがほとんで、ジャズの醍醐味を損ねることが多い。

 ところが案外ジャズメンは自分から進んで「ウィズ・ストリングス」を作っている。あのチャーリー・パーカーにしてからがそうだ。まあ、一度はオーケストラを従えて吹いてみたいという気持ちも分からないでもない。クリフォード・ブラウンも、ゴージャスな弦の響きに包まれて自分を表現したいと思ったのか、それともレコード会社に「これやれば売れまっせ」と囁かれたのか、どういう事情か知らないが、短い生涯の中で「ウィズ・ストリングス」を残している。

 このジャケットには見覚えがあったし、盤の存在も昔から知っていた。ちょうどAMAZONの特売品に入っていたので今回購入したのだが、このジャケットで頼んだはずなのに、届いたのはちぐはぐなデザインを施した3つ折りのデジパックだった。余計なことをするものだが、肝心の音がちゃんとしていればいいかと思いながら、ぼくはそれを車に積んで、流しながら木城まで走った。これは失敗だった。およそ車には不向きの音楽だ。全編バラードはまあいいとして、弦があまりにも甘ったるい。そしてアレンジがちょっと古い。もちろん古い時代の音楽だから古く感じるのだけど、クリフォードのラッパよりもさらに古く感じるのだ。それに疲れている時にかけたら眠りを誘う危険がある。だから車向きではないんだけど、家でかけてもどうかなあという感じだった。

 ところが家の装置でかけ直したら、かなりよかった。あの若さでこれだけのバラードを吹きこなす。もはや「才能」と言うしかない。その才能を、ハードなコンボ演奏とはまた違った角度から味わうことのできる、そんな貴重な盤だった。音もいい。これはきっと、これでなくてはいけないような時がありそうだ。それだけが無性に聞きたくなる、そんな盤が時々ある。
e0006692_19213560.gif

by pororompa | 2007-11-24 19:21 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 収穫感謝祭 semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 24日

e0006692_03003.jpg 水曜はサッカーの五輪予選にハラハラし、昨日は研究授業で疲れ、今日は木城まで走り、短い中にいろいろなことのあった週だった。五輪予選はとりあえず結果はよいとしても、あんまり誉められた内容ではないだろう。サウジ、カタールと星的には全くの互角、ただ対ベトナムの結果だけで決まっている。ラッキーな結果だが、この監督のままでは本番は厳しいと思った。

 さて3連休と言ってもゆっくりはしていられない。明日は病気で亡くなった児童の四十九日に行く予定だし、同窓会の幹事なので葉書も作らなければいけない。全国学力テストの報告とやらも週明けが〆切だし、テストの採点もたまっている。

 そんな中で今日は、死んだ兄の子がお世話になっている石井十次友愛園の収穫感謝祭という行事に行って来た。石井十次の子孫である方が経営しているこの友愛園は、しっかりした理念の元に運営されている施設である。理念だけでなく、愛情と芸術性まで感じられる。数ある福祉施設の中で、ここに入ることができたのは甥にとっては幸運だった。

 行ってみて驚いたのは、思ったよりずっと大きな行事だったことだ。伺った所によると、千人を超える来訪者があるそうだ。受付では無料で団子汁とぜんざいとおにぎりのチケットが配られた。施設の子どもたちの農作業で収穫したもので作られているそうなので、感謝しながらありがたく頂いた。まさしく収穫感謝祭である。

 園の子どもたちの作品だけでなく、先生方の作品も展示されていて、園長の作品まである。十次の娘は画家児島虎次郎と結婚しているので、園長先生はその子孫でもあるわけだ。さすがに何かそういうものを感じさせる、そして驚くほど若い感覚の絵だった。参観していた二人の老人も「やっぱ血筋じゃろかな」としきりに感心している。甥も「園長先生は画家になりたかったけど園を継ぐ仕事があったので諦めたらしいです」と横で解説する。以前甥の担当の先生の作品もあったが、この方も二科展に出品されているような芸術家だった。このような人が、半ば私生活を犠牲にした中で、十次の精神を受け継ごうと頑張っておられるのがこの友愛社なのである。

 帰ろうとしていると、ALTのJ先生に偶然会った。そう言えば茶臼原に家を造っていると前言われていたが、「この近くにその家があるから寄っていかないか」とのことなのでお邪魔した。この方はフランスのご出身だが、合気道とマッサージを教えるのを本業にされており、外見も丸刈りで、一見すると日本人のようである。茶臼原の農道を歩いていても違和感はない。

 行ってみると、廃屋と言ってもいいような家に自分で手を加え、もう少しで住める所まで改造されている。屋根瓦も自分で並べ、梁も新しい木材に付け替え、壁まで自分で塗られたとおっしゃるので驚く。やはり外国から日本に移り住もうというくらいの人は活力に溢れているなと感心した。J先生のお話では、石井十次が岡山から施設を移した時の最初の場所がこの辺りだったそうな。深い森と茶臼原の大地の境目のような所に建ち、「カントリー・ライフは大好きね」と語る彼にとってはいい所を見つけられたなと思った。

 11月はいい季節である。宮崎の秋は11月だなと思いながら児湯の農道を走り抜けて帰路に就いた。

by pororompa | 2007-11-24 00:18 | 日常雑事 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 144】 GONZALO RUBALCABA / THE TRIO semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 19日

e0006692_18135758.jpg 日曜参観も終わりほっとしたところで、今日は代休である。先日届いたもう1枚はレッド・ガーランドで、それも悪くなかったのだが、もう少し歯応えのあるものが聴きたくなった。だからこれを引っ張り出した。

 90年代頃には無敵に思えたこの人も、思ったほどは有名になっていない。一つは名前のせいではないかと思う。日本語的に見ると馴染みにくい。これが「キース・ジャレット」とか「ブラッド・メルドー」とかいう名前だったらもう少し売れたのではないかと思うが、「ゴンサロ・ルバルカバ」ではちょっと近づき難い。だがもう少し有名になっていい人だ。

 まあ確かに大衆的な音楽ではない。このアルバムも、体裁はスタンダード集だが、あくまでも即興演奏の素材であって、どれも10分前後の火花散る徹底的なソロの応酬だ。原曲はジャズ的に解体され、再創造されてゆく。

 ただやっぱり3人とも若い世代の人であって、8ビートにも親しんでいる人だから、チンチキチンチキと4ビートばかりやっているわけではなく、リズムがもっと自在でカラフルだ。特に2曲目「キャラバン」で、ドラムのデニス・チェンバースが散りばめるリズムに乗って展開する音を聴いていると、昔の素材を使っても今のジャズなんだなあという感じが強くした。ジャズは電気やフリーの方に行くのではなく、アコースティックなままで、世界中の多様なリズムの世界に乗った即興芸術音楽として発展して欲しかった。そんなことを感じさせるトリオだ。

 大きな音で1枚を聴き終わり、今日も「ジャズを聴いた」という充足感に浸ることができた。
e0006692_18132989.gif

by pororompa | 2007-11-19 18:14 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 143】 BILL EVANS / THE TOKYO CONCERT semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 16日

e0006692_23322061.jpg 帰ってみると、「オシム監督が脳梗塞」のニュースが流れている。高齢と言ってもまだ六十代だ。あらゆる試合に顔を出されていたが、疲れが重なったのか、あるいはストレスが激しかったのではないか。世界的な名将も、こんな所で倒れるのは不本意であろう。気の毒で仕方がない。最悪の事態にならなければよいがと、気になるニュースである。

 知人が50で死んだり、兄も死んだりして、死が身近に思えてきだした。別に恐れているわけではないが、そういうこともあるだろうという心境になっている。

 さて、この頃ジャズづいているが、今日は昨日届いた内の2枚目、ビル・エバンスの日本でのライブ盤である。ビルが亡くなったのは1980年。ぼくはビルの生演奏を聴いたことがない。来日の予定が発表され、楽しみに待っていたら、突然の訃報が届いたのだった。学生時代の友人のM君は聴いたことがあった。前屈みになって弾く姿をしきりに話していたから、その前の来日だろう。

 このライブ盤は73年とあるので、まだ元気な頃、ビルの初来日での録音だ。ぼくは70年代のエバンスはそれほど好きではない。どうも人を寄せ付けないような雰囲気が出てきているのと、同じ曲ばかり演奏するためだが、このライブ盤は選曲が変わっているので前から注目していた。

 始まりはいい感じだ。初来日を待っていたファンの、激しい拍手で幕を開ける。日本のスタッフなのか、音がいい。この時代の録音によくあるピラピラしたピアノでない、まろやかで澄んだ音色だ。1曲目の「Mornin' Glory」から爽やかに始まる。「Up With the Lark」、「Yesterday I Heard the Rain」という曲の流れが、題名だけ読んでもいい感じだ。これは意外に名盤かなという期待で聴き続けた。

 ところが4曲目の「My Romance」、これはCDで聴き慣れたファンも会場でとまどったのではないだろうか。思いのほか激しい演奏だ。そして聴き苦しいベースのアルコ・ソロ。どうもこのエディ・ゴメスという人は音色がよろしくない。それにちょっと出しゃばりすぎる。

 結局、後半は前半に比べてやや取っつきにくかった。ただ、もう少し聴き込めば印象も変わってくるかもしれない。また元気のいい日に聴き直してみることにする。
e0006692_23284343.gif

by pororompa | 2007-11-16 23:28 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 142】 THE MODERN JAZZ QUARTET / BLUES ON BACH semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 15日

e0006692_21175853.jpg 昨日の浦和レッズのACL優勝の余韻がまだ尾を引いているのか、体は疲れているのに気分は高揚している。帰りの車で、エラ・フィッツジェラルドに揺られながら気持ちよく帰ってきた。帰ってみると、通販で注文していた輸入盤が3枚来ていた。AMAZONでバーゲンで出ていたものである。

 また安売りに手を出しているが、今回は中身も確かなものばかりだ。これはその1枚、長年LPで愛聴してきたものだから、目新しさはない。ただ、アトランティックのMJQのLPは、「ヨーロピアン・コンサート」を除いて音が悪い。それは録音のせいだと言われていたが、どうもそれだけではないようだ。もし音が良くなるなら、全部CDで買い直す意味はあるなと最近は思っている。

 そんなことを思いながらCDをトレイに乗せる。流れてきた音はまずまずのようだ。LPの時感じていた音の揺れみたいなものがCDでも感じられるが、原盤の損傷だろうか。ベースはしっかり出ているし安心して聴ける。そんなことより何より、とにかく演奏が素晴らしい。73年の録音だから、「ラスト・コンサート」の直前だよな。70年代もMJQはこんないい演奏をしていたんだなと思った。

 この作品は、考えてみると妙な企画である。「ブルース・オン・バッハ」というが、バッハをブルース化している訳じゃない。ハープシコードを使ったあまりジャズ的ではない演奏と、ブルースを素材にしたバリバリのジャズ演奏が交互に出てくる。ブルースのタイトルが、「B♭・A・C・H」と語呂合わせがしてあるが、あんまりバッハとは関係ない演奏だ。何か分裂気味のアルバムである。この後ミルトの不満が爆発して一時的に解散してしまうわけだが、そんな内紛を孕んだ妥協の企画という感じもする。

 ところが聴いてみると、不思議に違和感がないのだ。むしろスムーズな構成なのである。前回書いたような猛烈なジャム・セッションのバックを務めるかと思えば、まるっきりクラシックの作品まで出してしまうこのジョン・ルイスという人の頭の中はどうなっていたのか。バッハもブルースも違和感なく繋がっていたんだろうか。ジョン・ルイスのハープシコードに乗って、あの奔放なミルトがストイックに奏でる「主よ,人の望みの喜びよ」や「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」などの有名なコラールが、何ともいいのである。そしてその間に入るブルースでは、まるで解き放たれた犬のようにミルトのマレットが走り出す。「ラスト・コンサート」でも印象的だった「Amのブルース」がここでもハイライトだ。

 ミルトもブルースの内の2曲の作曲者になっているが、今回聴き直して、最後の「Hのブルース」が、なかなかかっこいいことに気付いた。「バッハもいいが、俺はやっぱりこれさ」という感じのブルースだ。でもH(B)って、ブルースのキーじゃないよな。なんだか難しそうだが、“Any key、O.K.”って言ってた人だから、なんてことないんだろうなあ。

 今夜はもうこれ一枚で満足。
e0006692_22122413.gif

by pororompa | 2007-11-15 22:12 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 141】 DIZZY GILLESPIE,SONNY STITT & STAN GETZ / FOR MUSICIANS ONLY semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 12日

e0006692_2232149.jpg 珍しい月曜日の更新だ。しかも「くつろぎ系」じゃない。バリバリのアドリブ・ソロの応酬だ。昨日B面聴いたら、何か眠っていた感覚を呼び覚まされるような強烈な揺さぶりがあった。今日裏返して残りを聴いてみた。

 とにかく「Dark Eyes」。「黒い瞳」だ。これが何とも凄い。高速でぶっ飛ばす哀愁。意味不明だが、とにかくそんな感じだ。ソロイスト3人が、持ち時間もたっぷりにアドリブからアドリブで勝負する。そんな中なのに曲の持つ哀感が浮き出てくる。スタン・ゲッツなんてイモだと思っていたが、勝負を挑まれたら受けて立つしかないとばかりに全力で泣き節を繰り出す。世界陸上の400mバトン・パスみたいにソロがスティットに渡ると、これまた待ってましたとばかりにぐいぐい走る。パーカーに比べられるような人だもの。そしてガレスピー。この人は軽く見られてるけどほんとにうまい。改めて実力を思い知らされる。そしてそれぞれのソロの裏で残りの二人が煽る音かすかに聴こえる。これがまたいい。

 最後の方で、いるかいないか分からなかったようなピアノが、短いソロを取る。火花散る掛け合いの中ではちょっと意外な感じのするジョン・ルイス。だが、昔からけっこうこういう場面に顔を出している人ではある。案外これが効いているのかも。単なるジャム・セッションで終わるところを、ちょっとした仕掛けをほどこしたりして、この人が引き締めているのかもしれないと思った。

 残りの3曲もいい。元気が出てくる。今週もがんばるかな。そんな気持ちになれる。
e0006692_22593966.gif

by pororompa | 2007-11-12 22:59 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 140】 JIM HALL / CONCIERTO semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 11日

e0006692_123460.jpg CTIはクリード・テイラー氏のレーベルである。ぼくが一番熱心にジャズを聴いていた70年代に、CTIは一部でけっこう人気があった。ぼくはこの人の作る露骨な売れ線ねらいのレコードがあまり好きになれないので、あまり持っていない。これはぼくの持っているたぶん唯一のCTI盤だ。昨日図書館で借りてきた本にこの盤のことが載っていたので、久しぶりにLP棚から取り出してみた。

 その本は図書館の閉館間際に、借りる最後の一冊で入れた本だ。宮崎県の県立図書館は市立図書館に比べて、いろいろぼくには不満がある。市立図書館ではどれを落とすか悩むのに、ここでは借りるべき本があまりなくて悩む。だがその最後の一冊は意外に面白かった。そしてぼくはこれを十数年ぶりに聴いたのだ。

 なぜぼくがこれを買ったかというと、たぶんラジオで聴いて気に入ったからだと思う。メンバーを見ると、ジム・ホールのギターに、ポール・デスモンドとチェット・ベイカーの2管、ピアノがローランド・ハナでベースがロン・カーター、そして今日気が付いたんだがドラムがスティーブ・ガッドだった。これだけのメンツが揃えばそれほどひどい音楽にはなりそうもない。それにしてもスティーブ・ガッドはロックのイメージが強いけれど、この時代からジャズをやっていたんだな。フュージョン嫌いだからあまり知らなかったけど。

 A面は4ビートのコンボ演奏だ。曲もいい。なんとなく加工された感じには聴こえるが、ロン・カーターのベースの音のせいではないかと思う。まあダイナミックにアドリブするより「抑制された美」という感じのメンバーだから、白熱したソロの応酬がなくてもよいが、ベースが違ったらもう少しナチュラルな感じにはなっていたかもしれない。でもさすがに名手揃いだから、演奏は気持ちよく流れていく。

 B面は全部をドン・セベスキーのアレンジによる「アランフェス協奏曲」で埋めている。この辺りがテイラー氏の意図なんだろうし、現にそれは当たって、このアルバムはその時代に評判になりかなり売れた。筋を曲げないジャズ・メンは貧乏している気の毒な人が多いから、たまに売れ線で金が入るのも悪くはないし、CTIに参加するのもそういう恩恵があるからなのだろう。

 問題はそのアレンジなんだが、ここではアランフェスの第2楽章をゆったりした16ビートに乗せて演奏する。これが案外気持ちいい。そうかスティーブ・ガッド、今思えばこれははまり役だったんだな。下手にストリングスなんか入れなかった所も救われている。

 たしかにイージー・リスニングな作りではあるけれど、名手達の押さえた技が見え隠れし、売れ線の中にもプライドを込めた演奏や編曲をしていたのだなということが伺われる作品だ。CTIの中にまだ見落としているいい作品があったら、どなたか教えていただきたいものだ。
e0006692_12524940.gif

by pororompa | 2007-11-11 12:52 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 139】 ALAN BROADBENT / FURTHER DOWN THE ROAD semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 04日

e0006692_1357718.jpg 自分で聴かずに、ただひとに薦められて買ったものにあまりいいものはない。ぼくの場合はそうだ。これはその中の数少ない例外である。

 自分で聴かないどころか、「アラン・ブロードベント」なんて名前さえ聞いたことがなかった。どうしてそれを買うことになったかと言えば、話は4年前に遡る。大阪に行った時、前からネットで知っていた「ミムラ」というジャズ専門の中古盤屋さんを訪ねた。事前にメールで、「大阪の澤野商会というところが、ピアノ・トリオのいいのを出しているそうですが、何か最近のものでお奨めのものがあれば、その折にでもご紹介ください」と連絡しておいた。それほど深い意味はなく、「ああ、そう言えば」的な感じで話のきっかけにでもなれば、ぐらいの気持ちだった。

 行ってみると、お店は小さいけれど予想通りの感じのよい店で、品のよい音でジャズが流れていた。話しかけると、「ああ」という感じで店主の三村さんが取り出されたのがこれである。「こんなのありますよ」といくつか並べたのではなく、「お気に召しますかどうか・・・」という感じでもなく、「あんたには、これ」という感じで1点用意されていたのである。ぼくはただ圧倒されて、「ははー、有り難き幸せ」とひれふしながら買うしかなかった。何か、プロフェッショナルな自信のようなものを感じたのである。それにたとえ外れでも、せっかく用意してくれたのだし記念にもなる。

 あれから4年経つが、時々取り出して聴く愛聴盤の一つになっている。最初はまあまあかなと思っていたが、聴く度によくなる。1曲目の「ナルディス」を聴くとエバンスの模倣かと思うが、アドリブを聴くとそうでもない。派手さはないが、流麗に流れていくソロが心地よい。音もまろやかで、CD的な音のよさだ。「午後のコーヒー・ブレイク」という感じのアルバムである。澤野のものはあれから何枚か買ったが、気に入らないものもあって売ってしまった。このアルバムを選んだ店主の耳はやっぱり「プロフェッショナル」だったと今も思う。
e0006692_14444778.gif

by pororompa | 2007-11-04 14:44 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 138】 RALPH TOWNER & GARY BURTON / MATCHBOOK semスキン用のアイコン02

  

2007年 11月 03日

e0006692_16515471.jpg オーディオにはあまり関心はないが、長く音楽を聴いていると音の良さがとりわけ印象に残る盤がある。このLPがそうだ。いつも聴き惚れる。

 裏を見ると、"PRINTED IN W-GERMANY"と書かれているから、旧西ドイツ製なのだろう。日本盤でも音がよいのかどうか知らない。あまり輸入盤など買わなかった若い頃に、なぜこれを輸入盤で買ったかというと、この作品が単独で日本盤で出ていなかったからだ。なぜかその当時、バートンとスティーブ・スワローのデュオ「ホテル・ハロー」と2枚組にして出されていた。どうしてそんな売り方をしたのか知らないが、この「マッチブック」だけが欲しかったぼくには迷惑な話だった。だから輸入盤で求めるしかなかった。

 音の話から始めたが、もちろん演奏も素晴らしい。ジャケットもいいし、3拍子揃ったアルバムだ。普通のジャズの音からかなり遠いサウンドをしていて、類似の音がぼくのコレクションにはなかった。透明な、研ぎ澄まされた音楽だ。それでいて決して冷たくはない。秋の夜にぴったりだと思ったものだ。全体にギターのラルフ・タウナーの自作曲が多いが、「サム・アザー・タイム」やミンガスの曲なども入っている。

 ジャズらしくないのは、ラルフ・タウナーのギターの音からしてそうだ。まろやかなジム・ホールなんかとは対照的な、シャリーンというスチール弦の音だ。「12弦ギター」とあるが、よくフォーク・ソングで使われるような素朴さはない。クールでドライな、独特の魅力を持ったギターだ。クラシック・ギターも弾いているが、スチール弦の音がアルバムの雰囲気を支配するように響き渡る。鉄弦が鉄板とぶつかり合い、絡み合って、メカニカルな、でもどこか抒情的な世界が表れる。

 久しぶりに聴いてみると、残念なことに盤が傷んでいた。今ではこの作品はCDで簡単に買えるけれど、あのLPの音が出せるかぼくは疑問に思っている。CDの音の良さというのはまた質の違うものだ。今までの経験では、LPの生々しさはCDでは出せない。
e0006692_17224747.gif

by pororompa | 2007-11-03 17:22 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(1)