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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 128】 RY COODER / BOOMER'S STORY semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 31日

e0006692_18291660.jpg 若い頃聴いた音楽はその人の好みを決定するらしい。そしてまた、ある時代の記憶と音楽が切り離せないこともよくあることだ。慣れ親しんだ真黒いざらざらしたLPジャケットから見ると、ちゃちなプラケースの中でライが手を振って微笑んでいる写真は頼りなかったが、音が出た途端に、その音は否応なくぼくをあの時代に引き戻した。強烈に震えるライのスライド・ギター。ぼくは8月の最後の一日の夕暮れ、仕事帰りの蒸し暑い部屋に、呆然としてただ座り込んだ。

 どんな記憶かいちいち書かないでおこう。他者にはどうでもいいことだし、取るに足りない記憶だ。悩める時代ではあった。将来が見えず、公園の迷路のように行き止まりにぶつかっては試行錯誤を繰り返していた。そんな時代に、サウンドトラックのようにライのこのアルバムが流れていた。

 思えばライに興味を持ったのは、高校生ぐらいか。「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」が、ワーナー・パイオニアのサンプラーLPに入っていたのを聴いたことだった。インストだがこの演奏は強烈に耳に残る。都会の寂しい袋小路、その暗がりを思った。そして大学を辞めたり落ちたりしていた頃、兄貴の部屋の押入でこのLPは、へし曲がってしまっていたりしたっけ。波打つ針先から流れる「マリア・エレーナ」の美しさ。そしてへろへろとした物憂げなボーカル。何度も聴いたためにシャリつく音。そんな音とともに、あの水害までこのLPはぼくの人生に付いて来ていた。

 2,3日前の夜、酔ったぼくは700円即決の中古CDを、朦朧とした中で落としていたようだ。ちょうどいいタイミングで、そして素晴らしい音で、夏の終わりに懐かしい歌が帰ってきた。邦題「流れ者の物語」。今思うと聴いていた自分自身が人生の流れ者だったのだ。
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by pororompa | 2007-08-31 19:05 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 127】 BOBBY ENRIQUEZ / THE WILDMAN RETURNS semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 30日

e0006692_19394110.jpg サーカスなどでわざと失敗したりして道化を演じる人は、もちろん優れた技を持った人だろう。そうでないと務まらないに違いない。
 
 このフィリピン人の凄腕ピアニストも、ジャズ界で道化を演じていた。そうなったのも当然かなと思えるくらい、この人のパフォーマンスは面白かった。何年前だったか、ずいぶん昔のことだが、ぼくはリッチー・コールというアルト吹きのレーザー・ディスクを買った。ライブ盤だった。その中にこの滅法面白い、強烈にスウィングするピアニストがいた。どう見ても主役を食っていた。ハワイやフィリピンのバーで酔客を楽しませていたというが、もし楽しい宴会の席にピアノがあり、この人物が現れてピアノを弾けば、即座に馬鹿受けだろう。

 この人を売ろうとした者達も、その面白さを売りにしようとした気持ちは分かる。このジャケットを見れば、真面目なジャズ・アルバムとは思えない。

 ところが洒落っ気があるのは1曲目の「ピンク・パンサーのテーマ」ぐらいで、あとはよくスウィングするジャズ・ピアノだ。ちょっと崩れたオスカー・ピーターソンというような感じで、アドリブがぐんぐん湧き出るように続く。改めてジャケットを見直すと、ベースはレイ・ブラウン、ドラムはアル・フォスター。映像で観るような破天荒な面白さはないが、ひたすらスウィングするジャズ・ピアノがある。

 ようやく終わりの方に出てくる、ジャズでは珍しい「ブルー・ハワイ」が、映像で観たこの人らしさを一番伝えているような気がする。他は意外にも硬派のジャズ曲が並ぶ作りなのだ。選曲を変わったもので固めたら、もっとこの人の面白さが分かるのにと、物足りなく感じる部分はある。でも、この人が本当にやりたかったのはストレートなジャズだったのかも知れない。こちらもほろ酔いで、憂さを忘れてこのピアノに身を任せるのが正解なのだ。この売り方で寄って来た人もいれば、真価に気付かなかった人もいることだろう。
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by pororompa | 2007-08-30 20:16 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 モスよさらば semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 28日

e0006692_21482847.jpg ブログのタイトルバックの画像を替えた。モスの画像から、4日だけ帰って来た息子とピンコの画像にした。

 モスがやって来なくなってどれくらい経つのだろうか。急に姿を見せなくなった。恐らく死んだのではないかと思う。そう思いたくはないがその可能性が高い。心に残る野良猫だったが、もはやこの世に形はないものと思っている。

 しばらくしてシンちゃんもいなくなった。体が弱って医者通いが続いていたが、ある時家を出ていこうとする所を妻が止めようとすると、「邪魔するな!」というように歯を剥いたそうだ。それっきり帰ってこなかった。これもやはり死んだに違いない。

 残った猫は、家の中にピンコと、毎日玄関にやって来るシロイコちゃんだけ。帰ってきた娘も息子も、これには寂しさを感じているようだった。猫好きの二人であるから、ピンコを抱くことが我が家に帰ったことを最も実感するひとときなのである。

 「猫は3日経ったら恩を忘れる」と言うが、俗説ではないかと思う。ピンコは、娘に対しても、息子に対しても、フンフンと一、二度においを嗅いだだけで、「ああ前にずっと暮らしてきた人だ」と理解したかのように、すぐに親しみを示した。そしてこのように毎日甘えて過ごし、以前のような賑やかさが急に戻ってきたことに喜びと興奮を覚えている様だった。

 ピンコも体が弱ってきている。正月にまた帰るつもりなのか、「あと半年は生きろよ」とピンコに言い残して、息子は慌ただしく街の生活に戻っていった。

by pororompa | 2007-08-28 21:54 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 126】 THE PAUL DESMOND QUARTET LIVE semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 27日

e0006692_188559.jpg 夏が終わる。このブログにも時々書き込んでくださる平泉さんのブログ「WATERCOLORS」も、ここ数日はすっかり夏の終わりの風情だ。冷えたビールを片手に去りゆく夏を惜しんでいらっしゃるようだから、ぼくも真似して夕方から缶ビールを開けた。西日が差す部屋でクーラーがやっと効いてきたと思ったら、猫のピンコのやつが膝で眠り込んで暑苦しい。

 学級の子どものキャンプから今日の昼帰ってきて、息子が横浜に旅発つのを今送り届けてきた所だ。夏の初めからずっと気になっていた教育関係の集会と学級キャンプがようやく終わり、肩の荷が下りた気分である。明日からまた本格的な仕事だが、今夜は夏の終わりの気分に浸ることにしよう。

 甘く優しいデスモンドのサクソフォーンの音色が部屋を満たしていく。昔、ぼくの住むこの宮崎の風土に合うジャズは何かと考えたことがあった。このアルバムなんかがそうなのかなと思ったりした。

 ベースのドン・トンプソンの私的な録音だという。この人はジム・ホールと回っている時聴いたことがある。そのジム・ホールそっくりのギターは、エド・ビッカートというカナダのミュージシャンだ。制作はジョン・スナイダー。今どうしているのか知らないが、この人の作る作品はこだわりが感じられて好きだった。LPだとことに豪華だった。見開きジャケットに楽譜まで付いていたりした。今はCD-Rに録音して聴いている。

 聴いていたら眠くなってきた。宮崎の夏の終わり。冷えたビール。優雅な楽の音。なかなか暮れない日。眠くなるのはデスモンドには失礼に当たらないだろう。限りなく快い音楽だ。
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by pororompa | 2007-08-27 18:39 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 125】 NEIL YOUNG / LIVE AT MASSEY HALL 1971 semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 20日

e0006692_2056745.jpg 話題の「アーカイヴ・シリーズ」を聴いてみた。1971年。若い。何と、「ハーベスト」以前のライブである。

 還暦を過ぎても怒濤の新作ラッシュで突っ走るニール・ヤングには、回想モードは似合わないが、確かにこれはできがいい。ブートレグでは有名だったというから、「公式海賊盤」の類だが、日の目を見て然るべき貴重な記録だ。

 最後までたった一人でやっている。一人で弾き語って聴衆を退屈せずに一時間も持たせることはなかなか難しいことだ。しかも超絶技巧の人ではない。圧倒的歌唱力の人でもない。では作品で聴かせているのかというと、確かにいい曲は書くが、それだけが売りでもなさそうだ。この人のギターのファンは多いし、この声がたまらないというファンも多い。いい曲、味のあるギター、個性的なヴォーカル、その三つの要素が絡み合って、独特の魅力を形作っている。

 ピアノの弾き語りも聴かせるが、これまた素晴らしい。素朴なんだがいいんだな。酷評されたサントラ盤「過去への旅路」と同じ題の「Journey Through The Past」という曲を、そのピアノでやっている。あの時代のニールはかなり聴いたと思っていたが、こんないい曲があったっけ。「A Man Needs A Maid」も、大げさなアレンジのオリジナルよりこちらの方がいい。

 DVD付きの輸入盤を買った。水害前に持っていた何枚かのレーザー・ディスクを思い出して、また観られたら観たいものだと思った。
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by pororompa | 2007-08-20 23:40 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 兄の本 semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 16日

e0006692_121139.jpg 死んだ兄は読書が趣味の男で、コレクターという訳ではなかったが自然に本は溜まっていった。若い頃から部屋を尋ねると、壁面はいつもちょっとした図書館のようで、本を置くだけの部屋もあったりした。死ぬ前の荒れ果てた生活の中でも、さすがに本だけはちゃんと本棚に立ち並んでいた。その後入院中に、部屋が立ち退きを命じられたので、本は親戚の家の倉庫に運び込まれ、ダンボール箱に詰め込まれたままになっていた。

 先日用があって久しぶりに故郷の町へ帰ったので、気になっていた兄の本をいくつか持ち帰ることにした。いくつかというのは、全て持ち帰るにはあまりにも量が多すぎるからである。まず残す価値のあるものを選別し、捨てるものは捨て、残すものは残す。値打ちはあるが誰も読みそうにないものは売る。その辺の判断は、弟であるぼくの仕事だとは思っていた。捨てるもの、残すものをより分け、ダンボールに3箱ほど持って帰ってきた。ダンボールは全て本ではないとしても20箱ばかりあったので、まだほんの一部だ。

 兄の興味の対象は民俗学を中心に多方面に渡るが、兄弟であるせいかぼくから見ても興味を惹かれるものが多い。家族も読むかも知れない。そのために大きめの本棚を買って廊下に置いていた。もちろん我が家も狭いので、全ては収めきれないが、できるだけ残そうと思っている。売るものはそれほどない。傷みも激しいし、売っても二束三文だろう。若い頃建築関係の業界誌に勤めたりコンサルタント業をやっていたりしたことがあるので、そういう専門書も多いが、売れるとは思えないのでそれは捨てざるを得ないだろう。

 持ってきた本を全部取りだし、天日の下に晒しながら一冊一冊全部拭いた。学生時代に買ったと思われるものも多い。兄の住んでいたアパートのすぐ側にあった「一進堂」という古本屋のシールが貼ってあるからだ。その後の仕事に就いた時代を示す「蔵書印」の押してあるものもある。

 ぼくは実感した。これはつまり、兄にとって本というのは、ぼくにとってのLPやCDのようなものだ。歩いてきた人生の、時代や場面と深く結びついている。だから捨てられなかったし、荒廃した生活の中でも本棚に収まっていたのだ。赤の他人には、ただの古本の山や古CDの山に過ぎないが、本人には宝なのだ。ぼくは本人ではないがまるっきり他人でもない。中間の人間である。丸ごと受け継ぐことはできないが、ゴミの山にもできない。その精髄だけでも残しておきたいと思った。それが祭りも拝みもしないぼくなりの「供養」だ。

 読める状態にして本棚に並べてみると、およそ百冊。大きな本棚なのでまだ余裕がある。本棚がそのまま「松田國弘文庫」になってきた。これを読み尽くして、兄のたどった精神世界を覗いてみようと思う。

by pororompa | 2007-08-16 12:29 | 松田國弘 | Trackback | Comments(3)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 124】 BILL EVANS TRIO / PORTRAIT IN JAZZ semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 14日

e0006692_23334635.jpg  図書館で借りてきていた、「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」という本を読んだ。著者の中山康樹という人は昔からあんまり好きではなかったが、その前に読んだマイルスの自伝を訳していて、それは結構面白かったし、文はうまい人だと思った。そんなこともあって借りてきたのだが、読み始めると、中身は「いくつかの事柄」というより、エバンスの生涯を追ったちょっとした伝記だった。夕方から読み始めて飯も食わずにずっと読んでいた。リバーサイドでのレコーディングの話になったので、「ポートレイト・イン・ジャズ」をかけた。

 ところでぼくはかねがね、例の4部作の中で、この「ポートレイト・イン・ジャズ」が一番弱いかなと感じていた。もちろんそれは残りの3つと比べての話だけれど。一つには、ぼくはもう一方のスタジオ盤「エクスプロレイションズ」が大好きで、「ポートレイト・イン・ジャズ」に比べて不当に低く評価されているような気がしているので、よけいにそう思っていたのかも知れない。あるいは最初に聴いた時の印象をずっと引きずっていたのかも知れない。でも今日また思い直した。やっぱりこれも凄い。 

 今日は体力も十分にあったので、大きな音でこの名作を堪能した。この作品を含めて、「4部作」が世に残った喜びと、たった4枚しか残らなかったという悔しさと、ジャズを聴く者はいつも両方感じていることだろう。中山氏の本には、ベースのスコット・ラファロの交通事故の経緯も詳しく出てくる。本人の居眠り運転だったようだ。
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by pororompa | 2007-08-14 00:04 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 123】 ROD STEWART / GASOLINE ALLEY semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 12日

e0006692_23543887.jpg 真夏の休日、と言ってもすることはいろいろあるのだが、何かをしようとするとうまくいかない日だった。まず、教育研究集会の宣伝を新聞社に持っていこうとしたら、よりによって休刊日だった。コンビニにハガキを買いに行くと、枚数が足りないという。郵便局に行こうとすると、日曜日だ。仕方がないので散髪でもしようと思ったら、多くて断られた。図書館が開いていたのがせめてもの救いだ。

 しょうがないから家に帰って、アイス・コーヒーを作り、湿った南風を浴びながらウクレレを爪弾いた。そして歌ったのは「ガソリン・アレイ」だ。「何もかもうまくいかなくって 毎日毎日が~」。昔、浅川マキのレコードで聴いたこの歌は、元はロッド・スチュワートの歌である。今日がうまくいかなかったからこんな歌が浮かんだのではない。この前福岡で買ってきた中古盤の中に、そのロッド・スチュワートがあったのだ。

 ロッドの初期の作品「ガソリン・アレイ」、こいつは思わぬ拾い物だった。もちろんその筋では有名な作品なんだろうが、それほどロッドに詳しいわけでもないし、安いので買っとくかという感じだったので、そんな感じがしたのだ。タイトル曲「ガソリン・アレイ」は、もちろん日本語で歌っているわけではないが、浅川マキの名訳詞がよみがえる。「帰ろう~ おいらが生まれた あのガソリン・アレイへ~」。ロン・ウッドとかき鳴らす生ギターが渋い。

 2曲目はどっかで聴いたと思ったら、ライ・クーダーの「パラダイス・アンド・ランチ」に入っている曲だった。そして3曲目のアコースティックなワルツが素晴らしい。ボブ・ディランみたいだけどボブ・ディランよりいいな、と思ったら、ボブ・ディランの曲だった。作りかけの自作曲「フリーダム・ワルツ」のアレンジは、このイメージでいこう。4曲目以降もいい曲が続く。

 全体にアコースティックなアレンジが多く、初期のロッド・スチュワートってこんな感じだったのかと思った。軽薄なイメージが付いて回るけど、何を歌っても歌心があり、説得力あるハスキーな声も魅力的で、真面目な歌い手という感じがする。ぼくは好きだ。
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by pororompa | 2007-08-12 23:51 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 122】 NEIL YOUNG / RUST NEVER SLEEPS semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 09日

e0006692_2014775.jpg あまりたくさん買う方じゃないぼくにしては珍しく、「ええと、どれを聴こうかというくらい、聴いてないCDが溜まっている。休みに聴こうと取り寄せたものに、旅先で目について買ってきたものが合わさったからだ。

 ところが今日はそのどれも聴く気分じゃなかった。歌が聴きたかった。いや、正確に言うとニール・ヤングが聴きたくなったんだ。最近、若い頃のライブ音源が発売されてえらく評判がいい。聴いてないCDが溜まっているというのに、今日はそれも注文してしまった。まあ年に一度の夏の休みだからいいだろう。

 ということで急にニールが聴きたくなり、これを引っ張り出した。衰えを知らぬ多作家、予想も付かぬとんでもないものを出したりする気まぐれの人。年に1枚くらいのペースで30年以上も走ってきて、バラエティに富んだ作品群の御大だが、これはまあ誰も文句の言えない傑作だろう。

 ニールと言えば静と動の両面持つ人だが、これは両面ある。LPではA面がアコースティック、B面がエレクトリックだ。ぼくは元々ハード・ロック嫌いのアコースティック派だが、ニールならどっちもOKだ。とりあえず頭から聴き始める。

 今日はいつもより詞に注意して聴いた。何しろ近作でアルバム丸ごとイラク侵略戦争に抗議した人だ。歌詞はイメージのおもむくまま支離滅裂に展開して行くので、意味のよく分からないものも多いが、注意して聴くとこれまでも度々そういう姿勢は見せてきた。古くはオハイオ州立大学の学生が警官隊に射殺された事件に抗議した「オハイオ」に始まり、スペインのインカ帝国侵略やアメリカの先住民虐殺を扱った歌も何曲かあるし、天安門事件や湾岸戦争にもそのつど鋭く反応してきた。平和に暮らしていた人々に向けられた暴力を憎む、という、明確な方向性がある。

 このアルバムでもアメリカの先住民を題材にした「ポカホンタス」など、けっこうシリアスな題材を扱っているが、中でも特に痛ましいのが、エレクトリック・サイドの1曲目「パウダー・フィンガー」だ。銃を持って押し寄せる者達に応戦する若者の死までが、緊迫感を持って描かれる。さらに、「会えなかったぼくの未来の恋人によろしく」と、その若者にあったかもしれない幸せな未来まで語ることによって、いっそう虚しさを感じさせる。聴く度に恐ろしく、また哀しくなる名曲だ。

 アルバム全体としては短いが、粒ぞろいの曲ばかりで、2回繰り返して聴いてしまった。
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by pororompa | 2007-08-09 21:37 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 121】 RAY CHARLES / WHAT’D I SAY semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 05日

e0006692_18342729.jpg 何でこの暑い時にこんな暑苦しそうなのを聴くのかと言われそうだが、仕事の帰りに寄った店で見つけた中古盤である。レイは好きだが、芯からのブラック・ミュージック・ファンじゃないので、コテコテのはあんまり持ってない。これも安かったから買ったんだが、あんまり聴きたい気分じゃなかった。

 ところがやっぱりいいですな、本物は。有無を言わせない。音が始まると容赦なく引きずり込む。帰りの車の中で体が揺れてた。

 帰って聴き直してみたら、もっと良かった。とにかく濃い。ぶっといベースの音に乗ってぐんぐん持っていく。よく聴いたらウッド・ベースだ。ポップ・ミュージックなんだけど、この時代はまだアコースティックなのね。まあレイ自身も歌無しでジャズメンと共演したりしてた時代でもあるし。ソウルの創始者とか言われてるけど、「ジャンルなんてどうでもいい、オレの好きな歌を好きなようにやるのだ」という感じで、歌いまくり弾きまくる「ジニアス」ぶりが強烈だ。

 ついでに家にあった他の作品も聴いてしまったが、元気が出た。ある意味じゃ、真夏向きなのかな。
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by pororompa | 2007-08-05 18:54 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)