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semスキン用のアイコン01 <   2007年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 ショコラ semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 30日

e0006692_22374740.jpg たまたま観た映画が素晴らしく良かったということは、当然だがそれほどない。つまらないと2時間もの時間を無駄にしたような気分になるので、映画はあまり観ない。観ないからいい映画にもあまり出合わないのだが、どういうわけか数日前の夜、ぼくはテレビの前に座ってケーブルの映画チャンネルを観ていた。テレビを観ることさえ珍しいのに。

 渋い作りのその映画は奇妙な雰囲気を漂わせていて、ぼくは消そうにも続きが気になった。フランスが舞台で、雰囲気もフランス映画のようだったが、言葉は英語だった。「因習で凝り固まったフランスの村にやって来たチョコレート屋が、村の雰囲気を変えてしまう」というストーリーのようだ。そんな設定も興味を引いたが、何より物語の語り口がうまくてどんどん引き込まれる。

 主人公のチョコレート屋の女主人もいいが、偏屈な婆さんだとか、秘かに通う絵のうまい少年、夫の暴力から逃げてきた女性、それにいい感じで育った女主人の娘、出てくる脇役がみんな存在感があっていい。そして途中から出てくるジプシーのギター弾きの男、この人は売れっ子の男優らしいがこれがまた映画に華やかさを出す。音楽もいい。ジプシーの男が登場する時弾いている渋いスライド・ギター。そして主人公と初めて踊るシーンが、ジャンゴ・ラインハルトで有名な「マイナー・スウィング」。「キャラバン」も効果的に流れる。

 それでも最後まで気になったのは、頑固な悪役の伯爵をどうするのか、ハッピー・エンドにするには、どういう展開にすれば説得力があるのかということだったが、それにもチョコレートが関係していた。この場面は一番印象的で、一番笑ったが、これから観る人のために書かないでおこう。

 たまたま観た映画だが、素晴らしく良かった。素晴らしい映画を観た時の感動は、音楽ファンとしては悔しいが、音楽のそれよりも大きいかもしれない。ぼくは、余韻が壊れないようにすぐテレビを消した。

by pororompa | 2007-06-30 23:04 | たまには映画を | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 118】 GEORGES MOUSTAKI / THE BEST semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 24日

e0006692_18563596.jpg 原水爆禁止運動の中で歌われた名曲「青い空は」の作曲者、大西進氏にお会いする機会があったので、自作CDを謹呈してきた。こういう場合、謹呈なんかされた方は大概迷惑なものだ。それは分かっていたが、何かの機会に耳にしてもらえたらと思いお渡ししてきた。

 大西氏は、今は、金子みすヾの全ての詩に曲をつけた人として有名のようだ。500以上あるというからまずはその量に圧倒される。プロとかいう人達はまず量的に凄いということがある。でも、500もあれば歌われないかも知れない歌も出てくるような気がして、ぼくなどはそれだけで何か物悲しい思いがしてしまったりする。

 帰ってジョルジュ・ムスタキを久しぶりに聴いた。昔買った大西進氏の編集と思われる歌集に、ムスタキの「ヒロシマ」が載っていたっけ。そんなことから連想したのかも知れないが。

 あんまり上手とは言えない、つぶやくような素朴な響きのフランス語が流れる。日本がアメリカの半植民地みたいじゃなかったら、ぼくの聴く歌も今みたいに英語の歌ばかりじゃなかっただろうと時々思う。この「私の孤独」や「異国の人」にしたって、青年時代にラジオからよく流れていて、それでぼくもムスタキを知ったわけだし。ヨーロッパにはぼくの知らない面白い歌がまだたくさんあったかも知れないと思う。

 対訳はついているが、歌の意味をいつも真剣に考えて聴いているわけではない。フランス語の響きとギターの音色、そしてアコーディオンやチェロ、マンドリンなんかが時々からみ、部屋を満たす。シャンソンというより、フランス語のフォークという感じのサウンド。どことなくノスタルジックだ。人の声とギターは何語でもよく合う。

 6月ももう終わりである。知らない内に庭では草がぼうぼう伸びていた。さっきまでぼくは草を刈っていたのだった。半分ほど刈ると、ぼくは面倒になって蒸し暑い部屋に籠もった。そしてこの夏初めてクーラーのスィッチを入れて、「除湿」にした。それからこのムスタキを聴くともなく流したのだった。別に悩むほどではないが、体力の衰えをなんとなく自分で感じるこの頃だ。青春はもう遠い。そんな言葉が出るのも、ノスタルジックな響きのせいか。
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by pororompa | 2007-06-24 19:32 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 117】 MARY HOPKIN / THOSE WERE THE DAYS semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 10日

e0006692_19312472.jpg 6月も中旬に入ろうというのに、いっこうに雨が降らない。爽やかな風が吹いている。これこそ本当の初夏であろう。農家の苦労とかいう話は別にして、梅雨がなかったら6月もなかなか楽しい季節に違いないなどと毎年思う。あるいは、話に聞くイギリスの夏などはこんな感じかもと思ったりする。そんな連想からか、ふとメリー・ホプキンでも聴こうかという気になった。

 この頃ここに取り上げるのもジャズばかりになっている。ジャズに浸っている時は完全に「聴く側」の人になっているので、歌を作ろうという意欲が湧かない。歌を聴こうかと思ったのは、そんな気持ちもあったからだ。

 メリー・ホプキン。ポール・マッカートニーに認められた関係で、ポールが仕掛けたヒット曲で名を上げた。ロシアの古い歌を歌わせて大ヒットになった「悲しき天使」(ひどい邦題だ)は、子どもの頃ラジオでよく耳にしたものだった。その後の「グッドバイ」もよく覚えている。この歌は、ポールが「そろそろ次の曲を出さないとね」と言いながらわずか10分で書いたと言う話もある。いくらなんでも10分はないと思うが、天才ポール・マッカートニーだけにあり得る話かも知れない。その次の「ケ・セラ・セラ」を8ビートにしたのも強烈に印象深かった。

 ところがこの人は、本来は素朴なフォーク・ソングの人だという。ポップス路線がだんだん嫌気がさしてきたのだろう。「ケ・セラ・セラ」は本人が拒否してイギリスではシングルで発売されなかったらしいし、ジェームス・テイラーの「君の友達」やエルトン・ジョンの「ユア・ソング」も拒否して、地味なフォーク路線に戻ったという。よく分かる気がするし、共感できる。それでも正直、ポールの仕掛けたヒット曲の方がやはり魅力的だとは思うが…。

 今日は後半に入っている素朴な味わいのナンバーもじっくり聴いてみた。この人の一番の良さは声の美しさにあると思う。メリー・ホプキンなど知らない世代であるうちの娘に聴かせた時にも、この声の美しさに反応した。清楚という言葉がぴったりのこの声は、確かにピュアなフォークに合う。ポールも、その辺りはよく分かっていたのではと思う。ポールの用意した歌も、決して持ち味を壊してはいなかった。
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by pororompa | 2007-06-10 20:07 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 116】 ART PEPPER / GETTIN' TOGETHER! semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 07日

e0006692_21485659.jpg 前回を書き込んだ直後、日曜日の夕方にこのアート・ペッパーが届き、今週はぼくはこれを毎日のように聴いていた。いろいろな思いが頭をよぎった。

 ジャズ・ファンなら誰でも知っているように、アート・ペッパーという人は麻薬患者として長い間療養所生活を送った人である。復帰後も心に残る作品を作ったが、全盛期の名作群には及ばないと言われる。それらの名作とは、「ミーツ・ザ・リズムセクション」、「モダン・アート」、そして「ベサメ・ムーチョ」で有名なタンパ盤、マーティ・ペイチ名義のもの、さらには「リターン・オブ」、オメガ原盤・・・。どれもアドリブを口ずさめるほど聴き込んだ名演ばかりだ。

 この「ゲッティン・トゥゲザー」は1960年録音。「リズムセクション」の3年後であるが、そういった名作の一つとして語られるのはあまり見たことがない。多少は劣るのだろうとは思っていたが、リズム隊がウィントン・ケリー・トリオだし、「朝日のようにさわやかに」なんてのもやっているので、昔から気にはなっていた。

 一聴・・・。なるほど・・・。これは苦いペッパーだ。甘みや哀感が欠けているような気がする。あの、聴く人を一瞬にして惹き付ける甘美な節回しが、ここでは影を潜めている。1曲目はポール・チェンバース作の取っつきにくいテーマのブルース。おそらくセッション中に生まれたものだろう。2曲目もペッパーらしくないと思ったらペッパーの曲。モンクの「リズマニング」なんてのもやっている。ドライな印象を与える選曲だ。「朝日のように」は速めのテンポでそっけない。共演のコンテ・カンドリも違和感がある。

 だが、ペッパーの演奏はやはり個性的だ。何を吹いてもそこにペッパーがいる。苦味の利いたペッパー節もまたいいものだ。そう思えるのは、復帰後の演奏にも親しめるようになってきたせいかもしれない。既にこの時から、復帰後のペッパーに繋がるような変化が起こっていると指摘する人もいるが、それは当たっているような気がした。
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by pororompa | 2007-06-07 22:45 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 115】 JACKIE MCLEAN / 4,5&6 semスキン用のアイコン02

  

2007年 06月 03日

e0006692_17263729.jpg サックス続きでジャッキー・マクリーン。これを聴きながら眠ってしまっていた。この作品が眠くなるのではなくて、今日はそういう日だったんだろう。

 梅雨入りしたらしい。空は一日中曇り、弱い雨が降っている。これから当分休日はこんな感じだ。それが終わると真夏。

 湿った部屋でコーヒーを飲みながらソファで眠りこけてしまい、だるい体を起こすともう5時だった。もう一度最初から聴き直す。

 このアルバムを買ったのはずいぶん前だ。「センチメンタル・ジャーニー」が聴きたくて買った。モダン・ジャズでこの曲は珍しい。「センチメンタル・ジャーニー」が好きになったのは本家ドリス・デイの歌ではなく、浅川マキの歌だった。アルバム「灯ともし頃」に入っている。うまい訳詞を自分でつけて歌っているのを、若い頃に聴いて好きになった。

 何気なく聴いていたが、ピアノはマル・ウォルドロンだということに気がついた。「レフト・アローン」の二人である。独特の節回しで歌う「センチメンタル・ジャーニー」はなかなかいい。しかしマクリーンもこの時はまだ二十代の青年である。あまり老け込んだ歌ばかりやっているわけにもいかない。残りのナンバーは溌剌としたハード・バップのセッション。パーカーの「コンファメーション」なんかもやったりして元気よく吹きまくる。そしてラストが、マル・ウォルドロンの世界に引き込まれてちょっと憂鬱なバラードで終わる。マクリーンの粘っこい節回しは嫌いではないが、この辺りで眠ってしまったのだろう。仕方がない。今日はそういう日だ。
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by pororompa | 2007-06-03 17:48 | 音盤的日々 | Trackback(1) | Comments(0)