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semスキン用のアイコン01 SOPHIE MILMAN / MILMAN semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 29日

e0006692_22551848.jpg 昨日はやたらに金を使った日だった。元々ぼくはあまり金を使う方ではないから、珍しい日だ。久しぶりに街でCDを数枚買い、職場の仲間と飲み、帰宅したらヤフオクに入札していたクラシック・ギターが落ちていた。まあどれも惜しいものはないし、金は使うためにあるものだ。

 この怪しげなおねーさんのCDはその中の一枚、タワー・レコードで買ったもの。本当は橘通にある「レコード・プラザ」という中古店に行くつもりだったのである。悲しいことに看板が取り外されていた。店を閉められたのだろう。ぼくも車生活になってから滅多に行くこともなくなっていたが…。

 そこで気を取り直してタワレコに向かった。いろいろ見たが、最近は通販で大体は押さえている。ビル・エヴァンスの「I WILL SAY GOODBYE」が千円で出ていたが、後はあまり面白いものはない。3枚組の安いジャンゴ・ラインハルトの箱物を買って、帰りにちょっと試聴機を覗いた。

 タワレコの試聴機でつかまるというのはわりと多いパターンだ。この前のセルメンがそうだし。このアルバムは宣伝文句に「現役女子大生…」とか書いてあったが、そんな興味で聴いたわけではないし、このルックスも好きではない。胡散臭そうだ。「ジャズボサ」というところにある3枚の中の1枚であったに過ぎない。

 1曲目の「おいしい水」が意外に正統派で活きがいい。曲順を見ると後半にぼく好みの曲が並んでいるので跳ばして聴いてみた。

 ほう。これはこれは。エラ・フィッツジェラルドである。ボサノバは1曲目だけで、バリバリのジャズ・ヴォーカルだ。いや、若いなりの仕掛けも所々にしてある。「My Heart Belongs to Daddy」がちょっとクサいスパイ映画何かの主題歌みたいな8ビートのアレンジで出てくるが、これがなかなか楽しい。それでいて歌はぐんぐんスウィングする。

 そうかと思うと「バラ色の人生」はフランス語だ。そして驚いたのは「黒い瞳」をロシア語で歌い出したことだ。それのそのはず、このミルマンさん、ロシア人だった。でも、小さい頃からジャズを聴き込んだというだけあって、ジャズはりっぱなもんである。日本盤ボーナス・トラックの「I Gotta Have My Baby Back」、大好きなエラのヴァージョンにも負けないできだった。これで急遽購入決定。

 帰ってじっくり聴いてみると、このアルバム、前半がちょっと凡庸だ。普通のジャズ・ヴォーカルになっている。曲順のミスという気がする。前半と後半を入れ替えたらよい。そしてビッグバンドをバックにマイナー調で豪快にスイングする7曲目の「Lonely In New York」あたりを一曲目に持ってくると、「ララバイ・オブ・バードランド」で始まるサラ・ヴォーンのアルバムみたいで、格好良く決まると思うのだが。

 しかしそういう欠点を補って余りあるぐらい後半がいい。選曲よし、編曲よし、演奏よしの3拍子を得て、のびのびと歌う有望新人の立派なジャズ・ヴォーカル・アルバムである。
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by pororompa | 2006-10-29 23:38 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 JFLホンダロック観戦 semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 22日

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 社会科の工場見学で、学校の子どもたちを地元の企業ホンダロックに連れて行ったのだが、説明してくださった担当者が何とサッカー・チームのゴール・キーパーだった。角田選手がその人だ。急に親近感が湧き、ちょうど公式戦が家の近くの生目の杜運動公園であるというので、試合を観に行ってきた。

 JFLと言えばJ1,J2のその下である。J1を目指すチームも入ってしのぎを削る中で、ホンダロックは残念ながら現在最下位だが、サッカー後進県宮崎の完全なアマチュア・チームがここで戦っていること自体が凄いことだ。

 ローソンで500円の前売券を手に入れて会場に向かった。ここは一昨年まで毎日通った通勤路にあり、建設されていく様子を日々見てきたが、しばらく見ない間にちょっとしたスタンド付きの会場ができているので驚いた。ただ残念なことに専用サッカー場でなく、市営陸上競技場となっていた。外側にあの陸上トラックが付いているとサッカー観戦の迫力は半減する。大きな野球場は二つもあるのにと嘆いても、そこがサッカー後進県、これができただけでも喜ばなくてはならないのが現状だ。

 30分前に付いたが、小さなメインスタンドはけっこう人で埋まっており、イメージカラーの赤が目に付く。スターティング・メンバーを見ると、角田選手は控えのようだった。できたばかりで芝はさすがに青々としてきれいである。芝と言えば枯れたような色だった昔を思えば、サッカー文化も少しは定着してきたのかなという思いはした。雨も上がり、秋風が吹いて気持ちのよい日曜日の午後だ。

 試合が始まったが、最初から新鮮な興奮を感じた。実を言うと、かなりのサッカー・ファンのつもりのぼくでも、ある程度のレベル以上の大人の試合を実際に生で観戦した経験は少ない。もちろん少年サッカーの監督をしていた頃は毎週のように観ていたが、所詮子どもの試合だ。それにベンチで観るのと随分視点が違う。またテレビで観るのとも大きく違う。テレビの画面の縦横の比率はサッカー観戦には向いていないのではとよく思う。生では全体が見えるので、攻めている時のディフェンスの動きとか、守っている時のフォワードの動き出しが分かって、非常に面白い。

 相手は4位の佐川急便大阪、ホンダロックから見ると格上のチームである。もちろん技術という点では、両チームともJ1と比べればはっきり見劣りがする。きちんとキープできないし、鮮やかな崩しも少ない。それでもまだしっかりつないでチャンスを作ろうとする相手に対し、ホンダロックは苦し紛れの放り込みが多く、どうも個々人の技量で劣っているような気がした。しかし必死の守りで得点を許さない。その内に、中盤から左に出たボールを、左サイドの下木屋選手が単独で持ち込んでゴールを決めた。このゴールで客席は大きく湧き、ぼくも妻もにわかサポーターとなって熱が入ってきた。その後佐川急便の猛攻が続くが、何とかしのいでハーフタイムとなった。

 ハーフタイムは入場券を元にした抽選会が行われたので、何気なく見ていると、「ローソンで買われた○○番・・・」などと言っている。手元を見るとぼくの番号だ。何が当たったのかよく分からなかったのだが、何かが当たったことは間違いない。これで気をよくして、後半戦に突入した。

 後半はホンダロックも前半より動きがよく、これはひょっとして勝てるかも思っていた矢先、相手ゴール前の混戦からシュートがバーを叩いた。それをオーバー・ヘッドでゴール。劇的なゴールに観客が一斉に立ち上がったが、惜しくもファウルを取られてノー・ゴール。これに気落ちしたのか、直後にカウンターからあっさり同点にされてしまった。後ろの方からは、よく観に来ている方なのだろう、「ロスタイムでよく負けるチームなのよねえ」という嘆きが聞こえる。前の席に座った言語不明瞭な老婦人が何やら絶叫し始めた。試合は同点のままますます白熱し、いよいよ終盤戦へ。

e0006692_18362980.jpg 残り10分を切って引き分けかなと思い始めた頃、左からのクロスをゴール前で10番の水永選手が押し込んだ。この展開にスタンドは一斉に総立ち。おばちゃんもおっさんも拳を突き上げて叫ぶ。これは面白い。はまりそうだ。その後はタイムアップまではらはらする、日本代表的展開だ。タイムアップの笛を聞くと、会場は少ないながらも大歓声に包まれた。サッカーが根付いている国の三部、四部のリーグはこんな感じだろうかと思ったりした。

 満足感を感じながら、帰りに抽選の賞品引き替えに行くと、当たったのは人が3人ぐらい入りそうな大きな「ポンチョ」であった。ようしこれでまた応援に来るか。そんな気分で会場を後にした。気分転換という言葉がぴったりくる、休日のサッカー観戦であった。

公式サイト(「総合情報」に試合レポートあり)

by pororompa | 2006-10-22 15:23 | ホンダロックにわかサポ | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 笑顔で帰ろう semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 21日

 久しぶりにぼうっと過ごした休日だった。先々週は三日間曲作り、先週も曲の修正で過ぎた。

 その曲は、5年生の音楽大会に向けて書いた曲で、「笑顔で帰ろう」という題の合唱曲である。合唱曲はいっぱい聴いたが、書いたのは初めてだ。

 この歌は、今年の運動会での出来事が元になっている。一人の子どもが叫んだ印象的な言葉、それが「笑顔で帰ろう」だ。作品集にする時は本人の名前をライナーに書き記そうと思っているが、ここではS君としておこう。

 S君は5年生ながら、運動会の応援団として声を振り絞り大奮闘した。クラス児童の所属する青団は終盤まで僅差ながら一位だったが、閉会式の成績発表では、なんと優勝も応援賞も白団にかっさらわれていた。全員呆然とした解団式の中で、最後にS君は、「優勝も応援賞も取れなかったけど、ぼくは青団の応援が最高だったと思います。みんな『笑顔で帰ろう』と叫んでください!」とやった。非常に印象的な場面だった。ぼくはこのことを元に歌を書こうと決めたのだ。

 曲は、前半は水害で壊れたパソコンに入っていて忘れていたバラード曲である。突然思い出し、サビの部分を書き足して、3部合唱に仕立てた。出来は正直自分でもよく分からない。大会の時になって分かるだろう。

のイメージはこんな感じだ。

  笑顔で帰ろう

ああ時は過ぎて 楽しい日々も
遠く輝く雲 走り去る風

こぼした涙と 流れた汗と
戻るはずのない あの歓声と

さあ笑顔で(笑顔で)帰ろうって
君が (君が)叫んだね
その言葉は (笑顔で帰ろう)
僕の心に (笑顔で帰ろう)
そしてみんなの 心に響いた

勝つという事や 負けという事の
向こうにあるものに 僕は気づいた

ああ 時を越えて なお光るもの
尽くした力と ひとつの言葉

声は枯れ果てて 泥にまみれて
立ち上がる力も 失った時

さあ笑顔で(笑顔で)帰ろうって
君が (君が)叫んだね
その言葉は (笑顔で帰ろう)
僕の心を (笑顔で帰ろう)
そしてみんなの 心をゆらした

ふるえる心と 願った夢と
今も耳に残る あの歌声と

by pororompa | 2006-10-21 20:35 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ザ・ナターシャー・セブン / 山と川。 semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 14日

e0006692_13361883.jpg 無くしてしまってまた買い戻したくなるものは、本当に欲しいものなんだろう、きっと。水害で捨てた「107 ソングブック・シリーズ」のLPを、最近集中的に買い戻した。ヤフーオークションに安くで出ていたからである。

 このシリーズは11集まで出ているが、水害前はその内4,5枚持っていた。宮崎の中古店で見つけたもので、盤質はあまり良くなかったし、付録の「ソングブック」を失っているものもあった。我家の子どもたちが小さい頃よくかけていた覚えがあるので、もう15年も前のことだろうか。上の子は一緒に歌えるぐらい覚えている歌もある。 (余談だが、その時に見かけた古いフォーク関係のLPを、なぎらけんいちが「宮崎の中古屋で見つけて買った」と「レコード・コレクターズ」に書いていた。ぼくが買ったすぐ後に立ち寄ったようだ。)

 素朴なフォークを志向したこのグループらしく、スタジオじゃない所で一発録りしているものが多い。今回買い戻した中には、盤質のいいものがあって、驚くほど瑞々しい音が飛び出した。久しぶりにLPの生々しい音に感動した。

 このグループは一度学生時代に生で聴いたことがある。名大豊田講堂だった。大変楽しいライブで、今も鮮明に印象に残っている。全員楽器が達者だった。よく見ると、高石友也以外もなかなか贅沢なメンバーである。ところが高石以外は全てこの後の人生がよくなかった。ベースで参加していた元ジャックスの木田高介は、あらゆる楽器をこなし有能な編曲家でもあったが、業界に嫌気がさしたのかこの素朴なバンドのベーシストにはまり込んでいた。再出発しようとした矢先に交通事故で惜しくも亡くなっている。アコースティック・ギターの名手だった坂庭省悟も2004年に病気で亡くなっている。そして、バンジョーの城田淳二は内縁の妻を死なせてしまうという事件を起こし、服役中である。高石だけは元気に今も活動中のようだ。

 高石友也は日本フォークの先駆者ではあるけれど、たいした曲は作っていないと思っていたが、今回まとめて聴き直してみると、なかなか味わいのある歌をいくつか書いている。それに、カーターファミリーなど、外国の有名フォークやカントリーによい詞をつけて広めた業績も評価されていい。そしてフォークというジャンルの歌い手としても、やはりうまい人であると思った。

 この「山と川」は、笠木透周辺の作品を中心に歌っている。水害前に持っていた中にはなかったので、今回楽しみに聴いた。笠木透は、伝説の中津川フォークジャンボリーを仕掛け、フィールド・フォークを提唱し、今も平和運動とともに歌う人だ。数年前、「日本のうたごえ祭典」で木訥な歌を聴いたが、なかなかよかった。こういう作品がメジャーなレコード会社から出ていた時代もあったんだなあと思う。笠木の他には田口正和という人が曲を付けたものが多い。持っているCDの中に、この人が北原白秋の詩に曲を付けた「野茨と鳩」という歌があり、とても気に入っていたので、今回ナターシャー・セブンがどう歌っているかと期待していたのだが、高石が木田のピアノ1本で歌うだけだったので、ちょっと拍子抜けした。木田高介は確かに多才な人だったが、このグループでの編曲は、持ち味を殺してしまっているものが多い。このグループのカラーには合ってなかったと思う。

 ということでこのアルバムはちょっと惜しい部分があるので星半分引いたが、シリーズ全体としては5つ星をあげたい。e0006692_14324669.gif

by pororompa | 2006-10-14 14:32 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 携帯電話を変える semスキン用のアイコン02

  

2006年 10月 07日

e0006692_1603543.jpg 変える、替える、代える、換える、どれだっけ。まあいい。携帯をV社からA社に変更した。それで機械も新しくした。

 それにしても久しぶりの書き込みだ。学校が二学期制になったため、季節外れの学期末でかなり調子が狂った。腰まで痛めた。運動会が終わったと思っていたら、いつの間にか10月だ。と言ってゆっくりもしていられない。学校で使う曲の完成が遅れに遅れ、担当の先生に迷惑をかけているからだ。この3日間が勝負である。

 そんな中でどうして携帯電話を変えなくてはいけなかったかというと、家族が全員変えたためである。V社がS社に吸収されて社名が変わったが、どうも好きになれない。それで、別の理由で変更したがっている家族の要望に同意した。

 ぼくは携帯電話を持ったのは遅い方である。大体電話からして嫌いである。子どもの頃テレビもなければもちろん電話もなかった。それでか知らないが、どうも未だに慣れない。顔を見ないで喋るのは緊張する。こっちがどんな時でも無理矢理呼び出すなんちゅうのも好きになれない。

 そうは言ってもいったんこいつを持つと便利便利。その頃運転免許も取ったので、いきなり世間の人並になったのだった。確か西暦2000年。21世紀は文字通りぼくにとっては新時代の幕開けだった。

 さて、現代の携帯電話というのは電話か何か分からないくらいいろんな機能が付いている。携帯テレビで携帯インターネットで携帯音楽鑑賞機で、そしてカメラでラジオでクレジットカードで電卓でゲーム機で時計だったりする。その内按摩機で電動工具で万能文具でカイロで楽器で印籠になったりしても、ぼくは驚かない。

 でもぼくがよく使うのは電話とメールと、あと時計代わりに使うぐらいだから、わざわざ新しい携帯にするメリットはそれほど無かった。ただ、今までのは、信じられないほど使いにくかった。どういうヤツが作ったんだと叫びたいことが何度もあった。その前の、シンプルで音のいいPHSの方が電話としてはよほどよかった。次のがよくなるとは限らないが、少なくとも試してみる価値はあるように思えた。

 そこで新しい携帯電話だが、外見は素っ気ない銀色の普通っぽいやつである。どうしてこれにしたかというと、ひとつだけ電話とメールと時計以外に付いておいて欲しい機能がこれには付いていた。それはICレコーダーである。曲想が浮かんだ時、鼻歌でメモできる! これしかない!

 ところが、なぜかこの機械はそれはウリではなく、試しに付けてみましたけど、というような扱いであった。他機種にはあまり付いてないところを見ると、ほとんどの人には要らない機能なんだろうと思う。それよりこの機種は、やたらにくまのプーさんが出てくる。プーさんの待ち受け、プーさんの着メロ。この機種のウリはプーさんだったのか! ターゲットはギャルや子どもか?しかしデザインが渋すぎるし、ギャルが録音機使うかね?

 ところでぼくはこの着メロとかいうのが大嫌いである。着うたに至ってはもっと許せない。シリアスな会議の真っ最中に、チープな音で突然カバンが歌い出しやがる。秋暑し突如鞄が歌い出す。風情もなんもねえ。

 それは時代に乗り切れぬ中年オヤヂのぼやきであろう。偏屈オヤヂ用にチューニングして、これからもこいつの世話にならねばならぬ。

by pororompa | 2006-10-07 16:42 | 日常雑事 | Trackback | Comments(0)