ぽろろんぱーぶろぐ

pororompa.exblog.jp

ブログトップ | ログイン

semスキン用のアイコン01 <   2006年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧 semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 風のタンゴ semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 29日

e0006692_16471956.jpg いやあ、久々の新作、完成。と言っても歌詞はかなり古かったりする。その名も「風のタンゴ」。前作に入れる候補に挙がっていたが、詩が暗すぎて子ども向きではないので、まだ曲を付けないままだった。それが何で復活したかというと-。

 園田鉄美さんというアマチュア作曲家が長崎にいらっしゃる。「今この時代に」を初め数々の名作を書かれた方で、ぼくにとっては師匠とも仰ぐ方なのだが、その方の主宰する創作交流集会というのがあって、来週の日曜日に参加する予定でいるのである。その会は、課題詞にみんなで曲を付けてきて、互いに発表し合って腕を競うという会なのだが、その課題詞にこの「風のタンゴ」も入れてもらっていたのだ。

 とりあえず歌詞はまあこんな歌詞。
-----------------------------------
「風のタンゴ」

見えないけれど 歌っています
見えないけれど 聞こえます
見えないけれど 踊っています
見えないけれど 風のタンゴ

町の役場にはためく旗も
裏の神社のいしぶみも
どこにでも咲くコスモス達も
朽木の下のこおろぎも
みんな知ってます

洗いざらしの古びたシャツも
父が残したオカリナも
雨に破れた紙飛行機も
おなかすかした野良猫も
みんな知ってます

空を慌てて駆け行く雲も
誰かが弾いてるオルガンも
知らん顔した旅鳥さえも
それを見送る木々たちも
みんな知ってます

思い出 誰にも
あるでしょ あるでしょ
思い出 誰にも あるでしょ
風のタンゴ
-----------------------------------

 ううむ。後ろ向きですねえ。子どもの歌でなくなると、ぼくの場合こんな歌になったりする。曲もいろいろ考えたけど、ピアソラの「リベルタンゴ」みたいなイメージを思い浮かべて作ってみた。それから、タンゴで一番好きなのが「ジーラ・ジーラ」。転調のところが好きなので、最後に転調も入れてみた。できは、まあまあかな。園田御大を初め参加者の何人かが曲を付けてくれたらしいが、どうなっているか大変楽しみである。

 もう一曲、今度は園田氏が詞を書かれた「ギターと歌おう」という課題詞も、大体できた。これは、1番の歌詞の中に「Emのアルペジオ」という部分があり、そこが2番では「Cメジャーのトレモロ」、3番では「16ビートのピッキング」になっていて、同じメロディで3つともに通用するように書いたところが難しかった。

 まあとりあえず、水害からの復活第1作と言うことで。

by pororompa | 2006-01-29 17:42 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 キヨシ小林 / ウクレレ・スウィング42 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 28日

e0006692_1545010.jpg ふとした一瞬にささやかな幸せを感じることがある。土曜日の午後、痛めた肩を気にしながらソファに座っていた。カーテン越しに冬の光が背中に当たっていた。ストーブなしでもいられるくらい、ほのかな温もりがあった。久しく読んでいない「ねこ新聞」を開いた。前はトイレに貼り付けて愛読していたが、この頃あまり面白い記事が無くて放っていたものだ。その12月号がかなり面白かった。珍しく紅茶を淹れた。義妹からもらったという苦いショート・ケーキがうまかった。

 そんな時にかかっていたのがこれだ。小林清。時々気になって側のウクレレを手に取り、CDに合わせて弾く。昨日4弦をオクターブ低いLOW-Gに張り替えて、やっと音程が落ち着いてきたばかりだ。

 このアルバムに出合ったのは、去年の水害の直前、横浜に息子を訪ねた折りだった。帰る直前に横浜の新星堂で試聴して気に入った。その時はたくさん買った後だったので見送ったのだが、ずっと気になっていた盤である。ウクレレを買ったので、ちょうど買い時となった。

 このキヨシさん、帰ってインターネットで調べて初めて気づいたのだが、実はこれが初めての出合いではない。高田渡の愛聴盤「ヒルトップ・ストリングス・バンド」のメンバーだった。佐久間順平さんは印象に残っていたのだが、この人は名前が平凡なためか印象に残っていない。キヨシ小林としたのも、名前を印象付けるためだろう。プロだから名前は重要である。

 それでこのアルバムだが、テクをひけらかすのではなく、音楽的で味わい深い。楽器でも「歌心」が大切だと語る人らしい音楽だ。装丁もしゃれていて、本人の曲目解説もあり、2曲にはTAB譜まで付いている。驚くのはリズム・ギターが10代の息子さんということだ。身内だから入れたというレベルではなく、バリバリ弾いていて高校生という感じはしない。「ジャンゴ・ラインハルトの音楽を伝える何かを持っている」と父親も誉めているが、父としての喜びも感じられた。さぞ楽しかろうと思った。

 欠点は曲順が良くないことだ。惜しいなと思う。そこだけ星半分落とした。
e0006692_15452046.gif

by pororompa | 2006-01-28 15:41 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 家内制手工業の復活 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 27日

e0006692_23501390.gif 今週もきつい週だった。毎朝、これから10年も働けるかと体力的に不安になる。今日は子どもとサッカーをしていて無様に転んでしまった。頭のイメージでは軽やかに抜き去ったのだが…。肩が痛い、腰が痛いの週末だ。

 精神的にも、娘が大学受験で岐路にさしかかっているので、親としても心配しながら過ごした週だった。力が出し切れなかったようで、明るく健気に過ごしているが、心中は悔しかったろうと思う。明日は娘と一緒に進路を再検討してあげたい。

 先週の週末は、水害以来初めて、自作CD作りを再開した。ようやくジャケットが印刷できるようになってきたところに、何枚か注文が届いたからだ。一つは、職場で広げてくださった方がいたので3枚お願いした。もう一つは昔の勤務先で同僚だった先生からの注文だった。同学年にはなったことのない方だったが、初期の盤を買ってくださっていたらしい。「あたらしい春」をご希望だったので、第3集も売り込んで、2枚まとめて郵送した。

 ケースも一箱、100枚入りが届いた。多いようでも3種類作れば30枚から40枚。何だかんだとけっこう広がっていくのでありがたい。特に今の勤務先ではほとんど広げていないので、ちょっとまとめて作っておこうかなと考えている。

 それから、第2週「ごめんね」だけ中の盤面のデザインを変えてみた。よくなったと思う。

by pororompa | 2006-01-27 12:55 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 THE MODERN JAZZ QUARTET / CONCORDE semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 22日

e0006692_21115233.jpg ジャズ・ファンなら、当然持っているはずなのになぜか買い逃した名盤が何枚かあるに違いない。時々ヤフー・オークションのCDの所を覗いて、そんな名盤を見つけたら安い値段で入札しておく。そうするとたまに落札することがある。でもこの買い方もあんまりいいとは言えない。名盤ばかりじゃないから、あれ、こんなの買ったっけというのもけっこう落としていたりする。

 そんな中で、これは久々に当たりだった。ぼくはジャズの聴き始めがMJQだったから、MJQは大体持っている。なのにどうしてこれがなかったかというと、同じPRESTIGEの「DJANGO」があんまり好きじゃなかったからかもしれない。ATLANTICの「PYRAMID」が気に入ったので、ATLANTIC以降のばかり買ったんじゃないかと思う。それとこのアルバムは「朝日のようにさわやかに」で有名なアルバムだが、「LAST CONCERT」の1曲目の演奏で満足していたから、もういいやと思っていた。

 その「朝日のようにさわやかに」だが、これはまた輪をかけて素晴らしい演奏だ。この1曲だけで感動できる。「四月の思い出」のシンバルがちょっとうるさいが、それ以外はどの曲もいい。そして今回一番驚いたのは、音がいい。モノラルだけど、ヴァイブの音がいい響きしている。昔の演奏のCD化は、再発によってかなり音のできが違うというが、「NO SUN IN VENICE」なんかもずいぶんいい音になっているという話もあるし、気になる。
e0006692_21345542.gif

by pororompa | 2006-01-22 17:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ウクレレを買う semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 20日

e0006692_2334125.jpg なぜか突然ウクレレなのであった。季節がどうだとかじゃなくて。忙しい日常に届いたりして。一種の逃避かな、これ。とにかく急に思い立って買ったのだ。

 Nancy NU-30。一応単板。音はまずまず。前に酔っぱらって失くしたFamous FS-3よりはよさそうだ。ルックスは飾り気がなくてちょっと素っ気ないけど、色はいい色してる。チューニングはまあ合わせにくいけどこんなもんだろう。

 ウクレレのサイトって意外に多い。中年男性なんかが運営していたりする。一様に「増殖する」なんて書いてある。ギターほど高くはなく場所を取らないので、次々に買ってしまうのだろう。ささやかな贅沢というものだ。ぼくはあんまり物に対する愛着がないので、増えはしないだろうけど。ちょっと手にとってぽろろんとやるのにあればいい。それから、歌を作る時のちょっとした音の確認や展開のため。

 実を言うとぼくはギターよりも先に手にしたのはウクレレであった。誰にも習わずに弾けたのは、ウクレレから入ったからじゃないかと思う。友達が尻で踏んで割って、それからギターにいったんだった。中学生の時6000円で買ってもらったそのクラシック・ギターも、ついこの間、水害で壊れるまであったんだから凄い。高峰製だった。弾きやすくて音程もいいので息子達も弾いていた。

 それに比べてウクレレは、尻で割られたり酔っぱらって失くしたりと悲しい運命をたどっている。小さい故の悲劇か。今度のは爺さんになるまで弾いていたいと思った。

 前のフェイマスを失くす前に弾いていた曲。ハマクラの「花と叔父さん」。この哀しげな歌が妙にウクレレと合う。1時間ぐらい弾いていたら思い出した。「♪ 小さい花に 口づけをしたら~小さい声で ぼくに言ったよ~」 うん、いいわい。 

by pororompa | 2006-01-20 23:43 | こころの糧 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ウィーン室内合奏団+A・プリンツ(cl) / モーツァルト:クラリネット五重奏曲 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 13日

e0006692_22252354.jpg またこの頃時々モーツァルトを聴いている。このCDはいつ買ったのか思い出せないが、僻地の学校に勤めていた時この曲を毎朝校内放送で流していた記憶があるから、ずいぶん昔だ。まだ「アマデウス」でモーツァルトに興味をもつ前である。その頃から今に至るまで、どこを聴いても懐かしくなるくらいすっかり聴き込んだ、愛聴盤中の愛聴盤である。

 山の中の清々しい空気の中にこの妙なる調べが鳴り渡ると、子どもたちの話し声や足音が聞こえて、古い文学の1ページのような、どこか時代を越えた光景が現れた。今も第1楽章を聴くとその光景がパッと浮かぶ。

 クラリネットはぼくの子どもの頃憧れの楽器だった。ラジオなんかで音は聴いていたが本物を見たことがなかった。何しろ、村の小さな小学校はピアノには鍵がかかっていたし、でこぼこのトランペットは棚にあった記憶があるけど飾り物だったかもしれない。プラスチックのリコーダーを吹きながら、いつかクラリネットを吹いてみたいと思っていた。そして学生時代に中古を手に入れたが、結局手に負えずに手放した。

 実を言うとクラリネットは我が家にもう一本ある。娘が中学校のブラスバンドで吹いていたが、長くしないうちにやめたためだ。それが多分娘の部屋にある。娘の場合は楽器は吹けたがブラスバンドそのものになじめなかったようだ。親子で少しずつ関わりのある楽器となってしまった。

 このCDは弦の演奏もいいな。押しつけがましくない。よく分からないまま買った廉価盤だったんだが、かなりの「当たり」だったようだ。
e0006692_23133100.gif

by pororompa | 2006-01-13 23:20 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 こうやっても勝てる ≪高校サッカー決勝 野洲-鹿実≫ semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 10日

 高校サッカー、野洲高校の優勝を胸のすく思いで見た。見ろ、こうやっても勝てるんだ。面白いサッカー、かっこいい技のサッカー、自分で考える、強いられないサッカー。子どもたちがしたいことを徹底的にやらせていったら、きっとこうなるだろうというサッカーだった。

 若い時、ぼくは少年サッカーの指導に明け暮れていた。子どもたちを怒鳴り散らし萎縮させる指導が幅を利かせていたから、頭に来てぼくは指導を始めた。そうじゃないんだ。楽しくなければサッカーじゃないんだ。サッカーだけじゃない。日本のスポーツの指導の考え方そのものが気にくわなかった。だから極端なぐらい楽しく、自由にやらせていた。子どもたちは、試合の合間にセミとりにいったりした。ワールドカップもビデオでいっぱい見せ、どんどん真似させた。練習そのものが喜びになるようにした。勝っても負けても子どもたちは楽しかっただろうと思う。

  野洲高校のサッカーを見ていて、そのことを懐かしく思い出した。選手権優勝のためではなく、いい選手を育てるためにやっているんだと言い切る指導者。ぼくはこの指導者の気持ちに共感できる。

 でも、この世界は勝たないと説得力がない。自分の考えの正しさを認めさせるために勝ちを必要とするような感じだった。だからこの野洲の優勝は大きいのだ。まちがったやり方でも勝てる。子どもをだめにしてしまうやり方でも勝てる。でも、こういうやり方でも勝てる。さあ、どっちがいいか。勝った時、あるいは長い練習の間、どっちが気分がいいか。のびのびと長所を伸ばすためには、どっちがいいか。答えは自然に出てくる。勝てばいいというものじゃない。

 スポーツばかりではない。息子が小学生の時に、合唱部がNHKで全国一に輝いた。その指導は、そのころはやりのヒステリックな指導とはまるで対照的な、伸びやかな指導だったという。だから息子にとって歌うことは楽しいばかりだった。それが後のアカペラで開花した。ぼくは全国一になったこと以上に、レベルの高い楽しさを教えてくださったことに親として感謝している。

 野洲高校の優勝から、ついでにそんなことも思い出した。

by pororompa | 2006-01-10 21:55 | TVサッカー観戦記 | Trackback(1) | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 議論はゲームではない semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 07日

 ジーン・ハックマン主演の「訴訟」という映画をテレビで見た。欠陥車の事故を巡って、どちらも弁護士である父と娘が、法廷で敵味方となって争う。私怨もあって父に勝ちたかった娘だが、不正に耐えかねて最後には父の味方をする。

 子どもの頃から疑問に思っていた。弁護士というのは、自分がまちがっていると思うことでも勝つためには正しいというのだろうかと。確かにそういう面もあるだろう。弁護士でなくても、人生にはそういうこともたまにはあるのだろう。でも、自分の信念に基づくことしか弁護しない弁護士もいるに違いない。人生は金や勝ち負けばかりじゃない。

 国語の教材研究をしていて驚いた。ディベートというのが出てくる。「インスタント食品は良いか悪いか」などという問題を設定して論議させる。もちろんそれはいい。だが、「これはゲームだから、もし自分の考えと違っていても自分のグループの立場で討論しなさい」とわざわざ教科書に書いてある。

 ええーっ? それでいいわけ? それでどんな子を作ろうって言うの? 口ばっかりで心にもないことを言って、勝ったとか負けたとかばかり気にする小賢しいやつ? それで子どもは悩まなくていいの? 子どもの純粋な正義感はどうなるの?

 そもそも議論というのは何なのか。最初に結論があって、そこに持ち込むための手段なのか。そうではないだろう。 「Aだ」とか「Bだ」とか言い合って、「真理はCだった」ということを互いに発見する、論議とはそういうものだろう。少なくともぼくはいつもそう思って議論をしてきた。自分の方がまちがっていると思いながら正当化している時は、いつも良心の呵責を感じたし、相手の考えを取り入れて自分の考えを少しずつ変えることもよくあった。そうして自分の考えが変わっても、議論して良かったと自分で思えた。

 議論を技術としてだけ見て弁論術を鍛えようとするのは、教育としては邪道だ。少なくとも小さな子に教える時には。真理を見つけようとする心や、自分の考えを分かってもらおうという心が大切なのだ。

 子どもにはどんどん議論させたらいい。自分の思っていることを筋道立てて言わせる。そして、もし自分のまちがいに気がついたら、いさぎよく考えを改める。それがぼくの考える教育だ。議論はゲームではない。 

by pororompa | 2006-01-07 18:49 | 本業方面 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 Litti  ピエール・リトバルスキー自伝 semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 04日

e0006692_18295042.jpg リトバルスキーの自伝を読み返した。

 ずいぶん前に買って読んだ本である。どうしてまた読み返す気になったのか自分でもよく分からない。多分、世界クラブ選手権でカズをチームに呼んだ監督として久しぶりに名前が出たからかも知れない。水害で捨てたかと思っていたが本棚に残っていた。

 スペイン'82の頃から見ているが、リトバルスキーは無骨なドイツのチームの中でドイツ人という感じじゃなかった。華麗なプレーだった。3度のワールド・カップで連続して決勝まで戦っている。でも、決して幸せなことばかりじゃなかったようだ。ドイツという社会と合わなかったらしい。

 日本に来てからのプレーは、全盛期を過ぎていたせいもあって、ストイコビッチなんかと比べると物足りなかったが、それでも好きなプレーヤーの一人だった。

 この本を読んで驚くのは日本への没入の仕方である。でしゃばらない控え目な性格は、ドイツでは短所だったが日本では長所として働いた、と彼は言う。「要するにお前は元から日本人だったんだよ」と、元ドイツでチームメイトだった奥寺にも言われたそうだ。そして、日本で暮らすことを決心し、日本になじめなかった奥さんと別れ、日本人と再婚する。日本で指導者としてもライセンスも取っている。

 J1で指揮をとるリトバルスキーが見たくなった。オーストラリアの次はぜひまた日本に戻ってきてほしい。

by pororompa | 2006-01-04 18:54 | 読書的休日 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 新年の思い semスキン用のアイコン02

  

2006年 01月 01日

 2006年が明けた。兄のことがあったばかりなので、あまりめでたい気持ちにはならない。年賀状も書かなかった。年賀状がないと年末が想像以上に気楽だった。

 2005年は我が家に3大ニュースがあった。どれが1位かわからないほど大きな事件だった。吉事が1つ、凶事が2つ。凶事はもちろん水害と兄の死、吉事は息子の合格だ。ぼくの転勤も大きな出来事だが、それが4番目に来る。そんな年だった。

 創作という点では実りの少ない年だった。もちろん上のことも理由ではある。でもこのままではずるずるいってしまう。何もしないことは楽だ。楽な方に流されていってしまう。巻き返しの年にしたい。自分が作り上げたものが、どれだけ自分を力づけてきたか。それを思い出しながらがんばっていく。

 そのためにはまず本業だ。そこでいい仕事をすることと絡み合って歌ができていた。そのことをもう一度思い出そう。

 具体的には、2ヶ月に1曲で6曲、そのうち現場で即使えるような歌が3曲。残りは個人的な歌や地味な歌でもよい。とにかくまともな歌を6曲作る。ここに書くことで目標とする。そして来年の夏には新しい作品集を作りたい。

by pororompa | 2006-01-01 12:57 | 日常雑事 | Trackback | Comments(2)