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semスキン用のアイコン01 ドルフィーで長谷川きよしを聴く semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 29日

e0006692_2229294.jpg 世間の「人気」なんていうものは、その人の評価とは関係ない。素晴らしいアーティストは、テレビや週刊誌から忘れられただけで、ちゃんと自分の芸を磨いている。そんなことを改めて思いながら、横浜「ドルフィー」で長谷川きよしのライブを聴いた。
 
 長谷川きよしを聴くのはこれが初めてではない。あれは中学生か高校生ぐらいの頃だから、なんともう35年ぐらい前になる。延岡の野口記念館で聴いた。それから生演奏には接していないが、ぼくはこの人の歌を人生の折々に聴いてきた。今回、進学で横浜に行った息子の様子見を兼ねて、都会の空気を吸ってきた。もちろん、長谷川きよしにのライブがある日にちゃんと合わせて横浜を訪ねたのである。

 飲屋街の二階にあるドルフィーの重い扉を開けると、開演までまだ時間があるというのにもう熱心なファンが10人ほど来ていた。昔はよくこういう雰囲気に入り浸っていたものだが、久しぶりで気後れを感じる。集まっている人をそれとなく見ると、皆さんそれぞれよい顔をされている。何も説明しなくてもよい歌を感じ取れそうな人達である。開演前になると人もさらに増え、30人ぐらいの人で店はいっぱいになった。

 やがて時間になると、長谷川きよしが登場し、何も話さずいきなりギターをかき鳴らして歌い出した。「遠く離れたおまえに」の中の1曲、「あなたのために死ぬ」だった。3曲ほど歌って、快活な感じで語り始める。名盤「遠く離れたおまえに」が、ようやく完全な形でCD化されるらしい。ご本人も自信のある作品らしいのが、語りから窺われた。ぼくにとっても大好きなアルバムで、前半はこの作品からの曲が中心だったのがうれしかった。欲を言えば「キャティ」や「小さなひなげしのように」を歌って欲しかったが。

 それにしてもうまい。あまりにもうま過ぎる。涙さえ出てくる。来てよかったと思った。帰ってからの仕事、兄の病気、息子の学生生活の心配、全ての煩わしい日常を忘れて、歌声に聴き入った。広いコンサート会場では伝わらない、部屋の中で、目の前で弾き語る迫力を感じる。強烈だ。4000円でこの日本最高の弾き語り歌手を目の前で聴ける幸せ。しかしそれも、この歌手の素晴らしさが世間の人に知られていないからできることだと思うと、どこか複雑な気持ちにもなる。

 休憩の後、後半はシャンソン中心のプログラム。途中、「心中日本」や「黒の舟歌」なんかも歌ってサービスする。野坂昭如の「黒の舟歌」を聴いて、「能吉利人」こと桜井順に詞を依頼した話や、「心中日本」という題がレコ倫にひっかかり、「心ノ中ノ日本」にしてB面に入れたいきさつを語る。ぼくが高校生の時に買って衝撃を受けたシングル盤だ。

 初めて聴く歌も、全て聴き応えのあるものだった。シャンソン主体の後半のラストは、ボレロのリズムをかき鳴らしながら、「そして今は」。これがまた凄い迫力で、ライブ盤の演奏よりもよかった。これだけでも十分満足したのだが、1曲だけ応えてくれたアンコール曲がなんと「黒いオルフェ」のテーマ「カーニバルの朝」。大好きな曲だ。これは本当に素晴らしかった。おいしいものをたらふく食べた後の、極上のデザートのようだった。

 CD「ふるいみらい」を買うと、サインをしてくれる言う。ちょうど持っていなかったのですぐ買い求めた。目の前で書き込んでくれただけでなく、言葉まで交わし、さらに握手までしてくれて、子どものように感激した。

 「宮崎は好きだが、行く機会がなくて」と語ってくれた長谷川きよし。30人や40人なら集められないことはない。いつか郷里でこの歌の値打ちが分かる人々にこの歌を聴いてもらえたらと思う。よい歌を聴いて心底感動するということはまだまだあるものだ。いろいろと心労の多かった2005年の夏も、「横浜・ドルフィー・長谷川きよし」で満ち足りて終わった。

by pororompa | 2005-08-29 23:18 | こころの糧 | Trackback(1) | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 THE MODERN JAZZ QUARTET / PORGY & BESS semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 20日

e0006692_10462423.jpg 秋風が吹いてきた。するとジャズである。折しも、大きな仕事が終わった。気分を変えるのにちょうどいい。

 ジャズへの入り方は人によっていろいろだと思うが、ぼくの場合はMJQである。アルバムで言うと「ピラミッド」。出会ったのは19ぐらいの頃だったと思う。それから学生時代に50年代の諸作や「ラスト・コンサート」「ヨーロピアン・コンサート」などをよく聴いた。ころころと転がっていくようなミルトのヴァイブの音が大好きだ。

 このアルバムはMJQの中ではあまり語られないが、ぼくは名盤だと思う。1965年というと、もうMJQなど忘れられ、話題にもならない。ジャズそのものがロックに食われて急激に廃れた時代だ。50年代後半に出ていたら、もっと扱いは違っただろう。でもぼくは、有名なプレステッジの「ジャンゴ」やアトランティックの「フォンテッサ」「大運河」なんかより、このアルバムの方がずっと好きだ。

 何と言っても曲がよい。ガーシュインの組曲「ポギーとベス」は、レイ・チャールズとクレオ・レーン、ローランド・ハナとジョージ・ムラーツ、そしてこのアルバムと、ぼくには3枚の愛聴盤があるが、「サマー・タイム」「アイ・ラブ・ユー・ポギー」「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」「ニューヨーク行きの船が出る」などなど、どれをとってもほんと名曲ぞろいだ。

 でもこの組曲、原曲はオペラなんだけど、そっちの方はちょっと遠慮したいと思った。この間ラジオで聴いたけど、なんかね‥。ベル・カント唱法で「サァ~マタァアアア~~ィム」なんてやっても、ちょっと違うというか、曲の本質に合わないんじゃないかな。

 ま、考えてみると、ガーシュインさんという人は、クラシック的なカチッとした枠と、ジャズやブルースの歌心を併せ持った人だから、クラシック趣味のジョン・ルイスと、ジャズやブルースの歌心全開のミルト・ジャクソンが絡み合うMJQには、まさにぴったりというわけだ。
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by pororompa | 2005-08-20 11:31 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 夏の歌作り semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 12日

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 時間がたくさんある。一年中で一番時間がある季節になった。こんな時歌を作らなくてはいけないんだが、なかなかそういうわけにもいかない。
 暑い。暑すぎる。暑すぎるから時間があるんだろう。つまり活動にふさわしくない季節ということだ。ただ耐えるしかない時間。

 井上陽水に「今夜」という歌がある。こんな歌い出しだ。
「とにかく今日は朝から強い日射しで
 このまま俺は光になると思った
 ひどい夏を忘れに旅に出ようか 今夜」
 たぶん暑くてたまらない日に冒頭の部分が出てきたんだろうと思う。ギターを手にして、1行目が詞曲同時に出てきたんじゃないだろうか。そして旅に出ようかという妄想にいきなり飛躍し、後はけだるい男女の恋愛模様が綴られる。どうでもいいような歌だが、
「最後に何か素敵なことはないかい
 忘れることができないくらいなことは
 俺が瞳を見せて嘘をつこうか 今夜」
などという強烈なフレーズがさりげなく出てきたりして笑ってしまう。

 しかしこの暑さ。優雅に歌を作るどころではない。仕方ないからクーラーをつける。だが、クーラーの中でじっと考えても、ほいほいと歌ができてくるわけでもない。
 曲は案外できる。だが詞が書けない。よく教室で詩や俳句を書かせても一字一句も書けない子がいるが、怒れないと思った。思いつかないということはあるんだろう。

 プロは量をこなすところが凄いと思う。「クラスでうたうこどものうた」の曲集を聴いても、ぼくの歌は質的には負けていないと思うが、それを職業にしているような人は次々に生み出していくんだろうし、それはきっとぼくにはできないと思った。苦しいことだろう。
 逆に〆切があるからできるという面もあるのかもしれない。でも楽しくはないだろう。

 夏休みに入って、形になってきた曲は3つ。詞はない。面白いのは、今年から低学年を離れたので、低学年的な曲想が浮かばないということだ。3曲ともちょっと大人びた曲になった。

 詞から先か、曲から先かということをよく聞かれる。演歌やフォーク系では詞が先で、売れ線のポップスやロックなんかは曲が先のことが多いという。ぼくの場合はいろいろだ。
 「あいさつしよう」や「美しい十月」は先に詞を書き、ギターを弾きながら曲をつけた。「いいんだよ」や「そのままでいいじゃない」は曲からだった。踊らせることを意識した歌では、初めリズム・パターンを作って、それを長時間繰り返しながら曲想を練っていく。
 詞曲同時というのもある。同時にあるフレーズが出てきて、それをもとに詞や曲を伸ばしていく。「シーロクマさんも クーロクマさんも…」というのは、トイレで思いついたフレーズを元に作っていった。

 曲だけでも思いつくうちに作るだけ作って、車の中でいつも流しておこうかと思う。椅子に座って思いつかないのなら、それも一つの方法だ。

by pororompa | 2005-08-12 19:48 | 歌が生まれる時 | Trackback | Comments(7)

semスキン用のアイコン01 賭けに勝ったジーコ ≪日本1-0韓国≫ semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 08日

 「危険な賭けに勝った」。ずっとジーコに懐疑的なことを書いてきたSPORTSNAVIの宇都宮徹壱氏のトーンが、韓国戦後に変わっている。「結果論」だとは思うが、「ご乱心」としか思えなかったジーコの起用法が、終わってみる確かにそれなりの理屈を持ち、成功したかのように見える。優勝は逃したが、監督としての評価は下がらなかった。不思議な人だ。これまでも、奇跡的なPK戦勝ちから優勝まで駆け上がったアジア杯といい、ロスタイムにかろうじて決めたりすることの多かったW杯予選といい、賭けに勝ち続けてここまできている。
 ぼくも監督としてのこの人は、未だによく分からない。賭けに勝っても、「監督としては未知数で危なっかしい」という気持ちは変わらないのだが、他の監督にないよい面もあるし、面白い人だとは思っている。
 よい面というのは、現役時代の彼のサッカーそのままの、攻撃的で面白いサッカーを好む人だということである。そのことは、就任の時の記者会見や、その後の発言などでよく分かった。(SPORTSNAVIが、いつも記者会見を全文載せてくれるので助かる。)

e0006692_1426512.jpg ぼくは、現役時代のジーコは大好きだった。特に、1982年のスペインW杯のブラジル・チーム。2次リーグで敗れはしたけれど、あの時のブラジルとジーコの印象は強烈だった。必殺のスルー・パス、華麗なジャンピング・ボレーや鋭い弧を描くフリー・キック、凄すぎて笑ってしまうようなパス回し、どこをとってもサッカーの面白さが詰まっていた。
 だから、フリー・キックなんかは今でも日本代表の誰よりもうまいんじゃないかと思う。最高の手本が示せる、これもまた「よい点」の一つだ。
 もう一つよい点だと思うのは、「選手を軽く扱わない」という点だ。これは親分としては重要な資質だ。「鈴木をマスコミに笑われた」と怒ったことがあった。今回も、「私が選手を信じなくて、誰が信じるか」などと啖呵を切っている。これは、「軍団」のムードを高め、結束させていく上ではプラスに働くと思う。
 監督には、上手に選手を育てる「教育家型」と、戦略に長け采配のうまい「勝負師型」がいると言われるが、いくら賭けに勝ち続けたと言っても、ジーコはやはり緻密な勝負師には思えない。監督の経験も少ないし、采配で勝敗が決まる接戦なんかではやはり危なっかしい。勝負師でないとするならば、一種の「教育家型」だろうか。だがトルシエのように細かく戦術を教え込むタイプではないし、そこがいつも批判されている。自分があまり拘束されず自由にやっていたので、教え込まれないと動かないようなやつは嫌いなんだと思う。また、天才的なひらめきでやっていたので、そこまで緻密な理論を持たないのだろう。
 優れた部下を信頼し、細かいことはあまり口を出さない「親分型」とでも言おうか。「お前に任せた」と預け、評判が悪い時も使い続け、信頼を裏切られたらスパーッと切ってしまう。中田のように自分で考える優秀な選手の場合は、かえってありがたいだろうが、指示待ち君ばかり育ててしまう日本社会では難しい面もありそうだ。
 当分はジーコ監督で行きそうなので、この「危なっかしい親分」と一喜一憂を楽しむことにしよう。

by pororompa | 2005-08-08 15:13 | TVサッカー観戦記 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 森山直太朗 / 新たなる香辛料を求めて semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 05日

e0006692_2171755.jpg 帰りに寄った中古屋で、なぜか急にこの人の声が聴きたくなった。その時タイミングよくこの人の歌が流れてきた。それでぼくは目の前の棚にあったこのアルバムを買った。フルアルバムで1280円。定価は3059円とある。
 帰りに車の中で聴いたが、あまりたいした歌には思えなかった。ぼくのカー・ステレオはこの頃調子が悪くて、サ行がひどく耳についたり音がひずんだりする。そのせいかもと思って、家に帰って聴き直してみたら、車の中よりは良かった。四つ星クラスかなと思った。でも、終わったらもう一回聴きたくなった。
 2回目をかけたら、随分と印象が違った。かなりいい。飾りも少なく、まじめに、正面から挑んでくる感じがいい。歌詞がちょっと青いというか、大げさで気負いが感じられるが、青年の歌なんだからそれもいいだろう。むしろ、頑固な感じが面白い。「俺はこれだ!」という強さが見える。発音がちょっと気になるけれども、嫌悪感を感じるほどではない。
 森山良子の息子だということだが、完全に親を越えているとぼくは思う。ギター一本、ピアノ一本の素朴なスタイルの良さや、完成度よりも勢いや味わいの方が大切な場合もあることを、改めて教えてくれる。
 3059円なら買わなかったかもしれないし、何かまだ足りないものも感じるけれど、期待の青年だ。e0006692_21362892.gif

by pororompa | 2005-08-05 21:34 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ふぬけサッカー ≪日本2-2中国≫ semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 03日

e0006692_22462097.jpg 日本はまたふぬけたサッカーに逆戻りしよるのじゃないか。そんな心配が胸をよぎる悲惨な試合だった。何で点を取らにゃいかん時にチンタラ横パスを回してんの。後半のDF陣の球回し、総替え食らったメンバーよりひどい。まるで、勝っているチームのようだった。
 せめて、阿部よ。お前が縦に出さなくてどうする。そのためにそこにいるんだろう。FKはよかったけど、最終盤のプレー、なんじゃあれは。バックパス、横パス。その間にどんどん時間が経つばっかり。自信がないのか、やる気がないのか。
 どんなFWでも、ボールが来んかったら点は取れんでしょう。やっと茶野が勝負のパスを縦に入れたと思ったら達也のゴール。よくあれだけ少ないチャンスで点を取ったと思う。達也こそ今夜の唯一の光明だ。
 ジーコ氏は凄いプレーヤだけど、人間的にもいい人だけど、代表監督としては危なっかしいというのが、もうはっきりしてきたんじゃないかな。大体、メンバー総替えなんて、笑い者でしょう、普通。

by pororompa | 2005-08-03 23:07 | TVサッカー観戦記 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 総替えキターッ! ≪日本0-1北朝鮮≫ semスキン用のアイコン02

  

2005年 08月 02日

 サッカーの日本代表の話だが、昨日の女子の方は仕方ないにしても、おとといのは負ける相手じゃなかったと思う。

 ブラジル戦と何が違うかというと、やっぱり中盤が薄いね。責任回避の横パスばっかりじゃあねえ。スパーッと切り裂くような縦への玉出しは、中田、小野、中村の仕事なのかな。
 それと、犬のように走り回る潰し屋も欲しいよね。遠藤ではちょっと弱いのかな。まあ福西はそういうところあるけど。疲れてたんかね。
 それより、大黒柱の中澤があんなふうじゃ勝てるわけないか。

e0006692_21381330.jpg いつも思う。日本サッカーはまだまだ。浮かれたらあかん。
 唯一の収穫は、田中のたっちゃん。いいね。何かやりそう。巻君はまだまだと見たけど。


 そんなこと思っていたら、とんでもない情報が。ジーコ御大、何をトチ狂ったか、先発11人総替えー!? 冗談きつい。
 でも、よく考えたら前もこんなことあったよね。DF総入れ替え。あの時以来秋田とか名良橋とか使われなくなった。なかなかメンバー変えない人だけに、怒るとやっかいなのかも。何しろ今度は11人総替えだからねえ。ツネさんとか大丈夫か。小笠原なんかも内心ヒヤヒヤしているだろう。「誰でも いい時と 悪い時が あるんだな みつを」 なんて思っているかも知れない。

でも、このメンバー、なんか面白そうね。
GK楢崎(名古屋)DF坪井(浦和)茶野(磐田)茂庭(F東京)
MF駒野(広島)阿部(千葉)今野(F東京)村井(磐田)本山(鹿島)
FW巻(千葉)田中達(浦和)

 ここまでやるなら、本山の所、役者が欲しかったな。フランスにいる松井にやらせてみたい。
 

by pororompa | 2005-08-02 21:27 | TVサッカー観戦記 | Trackback | Comments(0)