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semスキン用のアイコン01 カテゴリ:駄猫列伝( 18 ) semスキン用のアイコン02

  

semスキン用のアイコン01 ダダ永眠 semスキン用のアイコン02

  

2016年 03月 01日

e0006692_18464680.jpg 今このブログのタイトル画像にも使っている我が家の愛猫ダダが、今日の未明、病気のため永眠した。

 この猫は、6年前に親子猫5匹が原因不明の中毒で次々倒れた悲しい事件の時、親猫モモとともにかろうじて助かった猫だった。

 この冬、先に風邪のような症状になったのは親猫のモモの方だった。しかしモモはひたすら寝て食べて自力で治した。その直後ダダが急に弱ったのだが、どうも症状が少し違っていた。何も食べないし、息が苦しそうなのである。それでもまだ希望を持って点滴で命をつないだ。土日は家人が仕事だったがぼくがつきっきりで看た。

 でも苦しそうな姿を見るのはつらかった。助からないのなら、早く眠らせてやりたかった。息をするのをやめた後は、安らかな寝顔だった。永眠という言葉が似つかわしかった。

 この子が生きた6年という年月は、決して長くはなかったが、それでももしあの時獣医さんの輸血がなければ死んでいただろう。短かったと悔やむより、あの死の淵から生き延びて、6年間も楽しく野原を駆け回ったことを記憶しておきたい。ぼくにはなかなか馴染まなかったが、この頃はようやく抱かれて眠るまでになっていた。無邪気で愛らしい猫だった。

by pororompa | 2016-03-01 19:57 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 猫不完全敷地内飼いの試み、或いは「猫庭ノスゝメ」 semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 05日

 ネットを見ると、猫の完全室内飼いを勧めているサイトが多いが、やむを得ないことと書いているならまだ分かるけれど、「猫の習性からは何も問題ない」としたり顔に書いてあるサイトばかりでうんざりする。「お前ら、猫に聞いてみたんかあ!」と言いたくなる。風に吹かれてこそ猫、草に紛れ、土を踏みしめてこそ猫である。ぼくはそう思う。せめて、猫にすまないという気持ちぐらいは持っていてほしい。

 2匹が地獄から生還し、外に出さないことに決めた時から、「猫庭作り」を構想していた。庭を完全に網で囲って、室内から連続した空間にするのである。それがこの連休で完成した。猫も飼い主も大変楽しいので、これから作ろうという人のために書いておくことにする。
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 まず、ホームセンターで1m×50m、網目1.5cm程度の網を買ってきた。3500円ぐらいだった。1.5mのものもあったが、値段が倍ぐらいするし、50mも要らないので、1mを2段にすればいいと思ったのだ。

 まず試験的に高さ1mで張ってみた。猫の運動能力は知りすぎるぐらい知っている。1mぐらい軽く跳ぶし、どれだけ高くてもあっという間に駆け上ってしまう。何年か前隣の畑を管理している老人が、猫対策で周りを網で囲んだが、あっという間に侵入された。太い杭に上られたのだ。それにぴっちり張りすぎたり、網目が細かすぎるのもよくない。柱は細くして、網は頼りないぐらいの方が足場がなくてよいのではと思って試してみた。e0006692_14154978.jpg
 元々野良で生きてきた母猫のモモは、あらゆる所を調べて出られそうな場所を探す。無邪気な子猫のダダは、「けっこう楽しいよ!」とばかりに母猫に跳びつくが、出られそうで出れないのにいらいらしているモモに怒られてばかりだ。1mしかなくても頼りない網では足場がないのか、無理に越えていこうとはしない。でもいつまでもじっとはしていないだろう。

 昨日の様子で手応えを感じたので、今日は本格的にもう1段上を張ってみた。重なっている部分もあるので、高さはおよそ1.7m。下はペグが足りないので、煉瓦を並べた。ダダに1回、モモに1回、計2回脱走されたが、「想定内」の個所だったので驚きはなかった。慌てて修復したその個所は、網と網の継ぎ目や、それに、家との境。弱いなと思っていた所を、パズルを解くように抜けていく。猫もたいしたものだ。

 ようやくモモも落ち着いてきて、イスで眠ったりし始めた。ダダは「喜び庭駆け回る」と、歌のようなはしゃぎぶりだ。これはいい。天気もいいし、コーヒー飲んだり、昼飯食ったり。猫を閉じこめて庭に出ても、猫に申し訳ないような気持ちがしてさっぱり楽しくなかったが、一気に庭が楽しくなった。猫ももちろん楽しんだだろうが、猫を出してみて何よりもよかったのは、猫ではなく人間のストレスがなくなったことである。それまでおちおち開けておれなかったサッシも、さあっと開けることができる。気持ちいい。
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※追記
 この猫囲いは、度重なる脱走にあい、約1年で撤去。ゴルフ練習場のように、上もネットで塞げば、うまくいくと思う。

by pororompa | 2010-05-05 14:37 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(10)

semスキン用のアイコン01 生還 semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 07日

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 死をも覚悟したダダが、今日退院した。一緒に喜んでくださった獣医さんには感謝の言葉を伝え、一週間ぶりに我が家へ連れ帰った。

 久しぶりに我が家は、静かな喜びに包まれた。死んだ3匹を思うと、芯から喜ぶ気にはなれなかった。苦い喜びだったが、それでもやはりこの猫が歩き回る姿を見るのはうれしかった。少しだが飯を食っている。ちゃんとした糞をしている。ソファに跳び乗っている。こうして生きて連れ帰ることができた。その喜びだった。

 鳴いて家中を歩き回った。仲間を探しているのに違いなかった。親から疎まれ出してからは、一緒に育った姉妹猫たちと片時も離れたことがなかった猫だ。それがいないと言っているのだろう。仕方がないので親の所に行く。親に怒られながらしばらくくっついて寝ている。もう二匹で仲良く生きていくしかない。

 ガラス窓から、じっと外を見ている。猫の室内飼いの経験がない。猫は外で走り回るものと思っていた。でも少なくとも今は外に出す気にはなれない。

by pororompa | 2010-03-07 21:17 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(3)

semスキン用のアイコン01 地獄の日々 semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 06日

 地獄の日々の出口がようやく見えてきた。猫の悲劇など誰も読みたくはないし、書きたくもない。でも同じ様な目に遭い参考になる人もいるかも知れないから、要点のみ書き留めておく。

 飼猫5匹、親と4姉妹猫。2月中旬から、嘔吐で苦しみ続け、何も食べなくなる。2月20日土曜日の朝に、黒猫のググが死んでいるのが見つかる。避妊手術を受けてその方は経過順調、抜糸予定の日だった。ググは早くから野良猫に孕まされていたので、慌てて4匹とも避妊手術を受けていたのだったが、そのせいではないようだった。ググの死は、これから大変な事が起こるよという警鐘だった。黒猫キキと雉猫ララも発病。原因不詳も、伝染病の反応は出ず。何らかの薬物の可能性。

 23日火曜日、親猫のモモと、一番懐いている白黒のダダも発病。全滅という最悪の事態が現実のものになってきた日だった。何も食べないでは死ぬから、とにかく点滴を打って、生きるところまでやりぬくことに。少ないながら貯めていたぼくのへそくりをとりあえず資金に充てる。先生も「お金はいつでもいから気にしないで、とにかく助けたい」と言ってくださる。

 ようやく週末だと思った26日金曜日の夜中、苦しみながらララが死ぬ。つらい毎日の中でも、この時が一番つらかった。原因は殺鼠剤に絞られる。血液凝固ができなくなるのが特徴で、先生も血便や血尿は出てないか前から聞かれていたのだが、この猫達の体質なのか典型症状がなかなか出なかった。後から発病したモモとダダに急にその症状が出てきたのだ。

 週末はずっと面倒を見ながら過ごし、回復の兆しも見られたが、月曜の未明に、キキもとうとう絶命。懐かない猫が、最後は頼る素振りも見せていたのに。「元気になって仲良くなろう」と呼びかけたが、叶わなかった。日曜は獣医さんも休みなので、入院を選択しなかったが、結果的にキキにはまちがいだったかも知れないと妻は悔やむ。

 残るモモとダダが突然大量出血したことから、殺鼠剤の疑いは決定的になる。意図的なものか、二次的なものかは分からない。ダダは、急遽輸血を受けて、この日からようやく回復傾向に。血を提供してくれた獣医さんの猫に礼を言う。ただし、まだ安心は出来ない状況で、入院中。モモは一昨日退院。まだ自分からは餌を食べようとしないので心配は残る。

 これほど家の中が暗く悲しく、精神的につらい日々はなかった。経済的なダメージも大きかった。 

by pororompa | 2010-03-06 13:46 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 食う・寝る・アバレル! semスキン用のアイコン02

  

2009年 10月 12日

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 いやあ、やってくれるわ。こやつらの暴れようと言ったら、凄まじい。スドドダスドドダ、ドバドバドバドバドバドバドバドバ!!ガジガジガジガジ!!ドダンズダンズタバダン!!。フリー・ジャズのドラム・ソロも真っ青の騒ぎだ。

e0006692_18321372.jpg こんな可愛い気のある画像じゃ、この騒動は伝えきれん。とにかくこやつらの一日は、ひたすら食って、寝て、暴れる。この3つ。それをひたすら繰り返す。

 暴れのスイッチが入ると、4匹が全力疾走、ソファーは爪痕だらけ、餌箱は蹴散らかし、カバーは引きずり下ろされ、その中をモコモコモコモコ駆け回り、オーディオの裏から表から顔を出し、イスの上から奇襲をかけ、猫キック・猫パンチ・猫噛み総動員、上になり下になり、くんずほぐれつ、大変な騒動が数十分は続く。

 何かに似てると思ったら、ニンゲンの子だ。何もとがめず好き放題にさせると、必ずこれに似た暴れを始める。当然けが人が出るので止めることになるが、必要だからやるんだろう。ほ乳類幼児期乱闘学習説。そんなのがあるのかなあ。

 なかなか懐かずに可愛い気がないが、一番なれているのがこのダダかな。奥の黒いのはどっちなのかよく分からないが、より黒いララの方が恐がらない。でもググも、一度捕まると観念してしばらくはおとなしい。この3匹は、眠くてたまらないような時に捕まえて、何とか膝に抱いて寝せることができる。

e0006692_18394281.jpg 一番見栄えのいいこのキキが一番やっかいだ。動きも素早くてなかなか捕まらない。だが、ひもで遊んでやるとすぐに跳んでくる。

 いや、「遊んでやる」というのはまちがいだ。やつらは遊んでもらう必要はない。人間が遊んでもらっているのだ。そう言えば、子どもの頃、こんな遊びをしていたなあ。猫に遊んでもらっていたんだなあ。

by pororompa | 2009-10-12 18:41 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 モモが子どもを連れてきた semスキン用のアイコン02

  

2009年 09月 19日

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 若い猫が何匹も近所に出没しだし、それと関係あるのか、雄猫のシマオもいつのまにか来なくなった。そんな中で、最近我が家に上がり込み、しっかり「公認飼い猫」の地位を勝ち得たのが、この小柄な雌猫モモだ。この猫はそれほど好かれていたわけではなく、どちらかというと強引に入り込んできた猫である。食欲が旺盛で、いつも激しく鳴いて要求するので、家人にはあまり好かれていなかった。それでも、うまく我が家の猫に収まることに成功した。

 まだ大人になりきっていないような感じなのに、来た時からお腹に子どもがいた。うちで産ませようと思っていたが、ある日からお腹がぺちゃんこになっていたので、どこかよそで産んだようだった。よそで産んだということは、その時点ではまたうちに飼われているという意識はなかったのかも知れない。「赤ちゃんを連れて来てもいいよ」とモモには言っておいたが、まさかそれが分かったわけでもないだろうに、本当に連れてきた。

e0006692_20523818.jpg 水曜日のことだった。「モモが子どもを連れてきた」と家からメールが入った。何と、タールのようなベタベタしたものが体中にくっついていたという。獣医さんが大変な苦労をして取ってくれたそうだ。1万円もかかったらしい。思わぬ出費は今金のない我が家には痛かったが、夏にぼくがあまり使わなかったのでそれで補充しておいた。

 帰って見てみると、死んだクロスケを思い起こすような白黒の猫だった。雌だが、鼻ヒゲみたいなのがついて、おかしな顔だ。だが愛嬌がある。足は四つ足とも白靴下をはいている。元気はよすぎるぐらいで、あまり人を恐れず走り回る。親に飛びかかって、噛みついたりしている。

 一匹だけしか生き残らなかったのだろうか。これはまだいるかも知れないと思った。

e0006692_21163075.jpg すると次の日木曜日、「また連れてきた」とメールが入った。今度は何もくっついていないというのでほっとしたが、ひどい恐がりという話だ。

 帰って見てみると、親とそっくりの模様だった。写真に写すとかわいく見えるが、おどおどとしていて、最初のやつほどの愛嬌はない。タンスの裏に隠れてしまって、なかなか出てこなかったりする。やっと顔を出したのを撮ったのがこの写真だ。だが、この猫も、次の日見たときには、前ほど逃げなくなっていた。

 猫というのも個体差が激しい。臆病なのもいれば、まるで平気なのもいる。兄弟姉妹でも性格がまるで違っている。

 一度に親子三匹になってしまったが、もらい手と言ってもなかなかいるものではない。飼うしかないか。しかしまだトイレなどの躾はできていないので当分は大変だろう。

e0006692_22354537.jpg そんなことを話し合っていた金曜日の夜遅くだった。外で子猫の声がすると妻が言う。何と次の猫を連れて来ていた!

 これで三日連続。「一日一匹」かって。まあ確かに考えてみると、いかに初産でも猫の子が一匹ってわけはないわなあ。でも厳しい野良猫的条件で、弱いやつは淘汰されたのかなと思っていたけど、ちゃんとここまで育てて、一匹ずつ連れてきたんだから、この猫も若いながら親としてはかなり優秀なのかな。

 今度は全身黒っぽい猫である。これもまた昨日のに輪をかけたような恐がりだ。隙間に入り込むと目しか見えない。

 これは大変なことになってきた。一気にうじゃうじゃ猫ばっかりだ。とりあえず名前を付けないと分かりにくいし話もこんがらがる。最初来た白黒は、「クロスケ2」とか「黒子」とか呼ばれていたが、裏方に徹しそうな顔ではない。ダダダダと走り回っているので、こいつは「ダダ」だ。モモの子なので、同じ言葉の続きにしよう。次の子は雉猫なので「キキ」だ。三番目にきたやつは黒いので、「クク」かブラックの「ブブ」にしよう。

 そんなことを考えていた土曜の朝だった。外でまたまた子猫の声がする。何ともう一匹いたのだ!。四日連続、一日一匹。さすがは親猫。見事なものではないか。なんて呑気なことを言っている場合ではない。いきなり猫一家が押し掛けてきて、すごいことになった。

e0006692_233536.jpg 最後のやつは、昨日のとそっくりである。並べてみると、今度の方が黒が濃い。昨日のはよく見ると少しグレーがかかっており、縞模様も見える。もっと黒いのが来たので、昨日のは「ググ」だ。今日のはラストの子猫であることを願って「ララ」とすることにした。

 見かけはよく似ているが、性格は違う。今度のやつはそれほどには人を恐れない。最初こそ震えていたが、半日で慣れて遊びの仲間に加わった。

 猫達が互いに格闘して遊び回るのを久しぶりに見た。いくら眺めていても飽きないものだ。だが、さすがにこれだけ増えると、一,二匹はもらってくれる人がいたら差し上げたい。猫のもらい手がなかなかないのは知っている。おまけに真っ黒猫なんてね。でももし欲しい人がいたらぜひお願いしたい。

 子猫を見守るモモは、たえず周囲の異変に気を配っており、なかなか優秀な親である。顔付きもきりっとしてきたように見える。そして、全員移動させ無事に引越しを完了させた安心感を、どことなく漂わせている。なるほど、これだけの子どもたちを育てるには、たくさん食う必要があったはずだ。
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by pororompa | 2009-09-19 23:24 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01 イントロデューシング・シマオ semスキン用のアイコン02

  

2009年 03月 29日

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 ピンちゃんがいなくなってからというもの、毎日家に上がり込んできて日に日に存在感を増しつつある「シマオ」のことを書こう。

 こういう黒キジの柄というのは猫の原型なのか、そこら中にいて紛らわしい。この猫が現れた頃、似たようなやつが他にも数匹いて、パッと見ただけでは見分けがつかなかった。特にこれとそっくりの丸々と太ったやつがいて、そいつは最初「マルマル」と呼ばれていた。「ニャーン」という甘え声と「フーッ」という威嚇を交互に発する変わった癖があったので、後では「ニャンフー」と呼ばれるようになった。そいつに比べてこの猫はこれと言って特徴がなかったが、呼び名がないと面倒なので「シマオ」という名を妻から頂いていた。「シマオ」は「縞尾」なのだろうと思っていたが、縞模様のオスだからということで、適当に付けられた名前のようであった。

 「ニャンフー」と「シマオ」はともにオスだったので、例によって猫世界の仁義なき戦いが繰り広げられた。最初は「ニャンフー」の方が優勢だったのだが、最終的に勝利を収めたのは、意外にもおどおどとしたように見えたシマオの方だった。

e0006692_21211530.jpg 「ニャンフー」も「シマオ」も野良猫の例に漏れず最初は警戒していた。特に「シマオ」は、抱こうとして妻が噛まれたのでぼくも用心して触らずにいた。ところが正月に帰ってきていた息子がいとも簡単に膝に乗せてしまった。それから急にイエネコ化したというわけである。今ではご覧の通りの状態となってしまっている。

e0006692_21224354.jpg と言っても完全に我が家猫になったわけではない。モスの時にも困ったマーキングを、油断するとこやつもやるのである。だからあまりうろうろさせとくわけにはいかない。ソファで数時間お眠りになったら即お出かけいただくと、まあそういうスタイルである。

 仁義なき戦いの方はまだ断続的に続いているらしく、最近はびっこをひいて、ひどいときはたらたらと血を滴らせている。自然の掟とは言えご苦労なことだ。

by pororompa | 2009-03-29 21:21 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 ピン 永眠 semスキン用のアイコン02

  

2009年 01月 18日

e0006692_15124679.jpg 我が家の家族として、長年生活をともにしてきた愛猫ピンが、今朝永眠しました。15歳でした。

 ピンは、この家を建てた年にもらわれてから、我が家の子どもたちとともに成長し、子猫を産み育て、エイズと診断されても子猫たちよりも長く生き続けました。昨年末から顔面にできた腫瘍に苦しみましたが、子どもたちが帰っている時も元気に迎えて正月を乗り切りました。死の1時間前まで爪研ぎをし、階下に降りてトイレに行き、ちゃんと砂をかけていました。そして今朝6時に永い眠りに入りました。

 可愛がっていただいた全ての皆さんに感謝致します。

(写真はまだ元気な頃、プレーヤーの上で眠るピン)

by pororompa | 2009-01-18 15:25 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(1)

semスキン用のアイコン01 白い子ちゃんの猫的事情 semスキン用のアイコン02

  

2008年 01月 28日

e0006692_1845644.jpg 寂しい雨の中を家に帰ると、外猫の白い子ちゃんが玄関ドアの側にある「猫小屋」に入っていた。外猫から家猫になったシンチャンが、死ぬ間際まで愛用していた小さなねぐらである。ピンコは使わないので試しに玄関に置いてみたら、やっぱりこの寒さはこたえるのか、シロイコが使い始めた。

 妻にシロイコが来ていることを教えると、すぐにペットボトルの湯たんぽを作って入れてやっていた。小さな毛布も敷いてやっているし、これで寒さは防げるだろう。

 この猫はずいぶん前から来ているし、本当なら今頃部屋で寝ころんでいてもいいはずなのだが、残念ながらご遠慮願っている。それは、モスが居なくなった途端に、この猫が猛烈に家中にマーキングを始めたからである。これには妻もぼくも驚いた。なぜって今までメスだとばかり思っていたからだ。「え?」 マーキングはオスしかしないよね。シロイコはオスだったのか?

 子どもを産まないなとは思っていたが、誰かが避妊手術をしてくれたんだろうぐらいにしか思っていなかった。オスでも去勢されると外見的にはよく分からなくなるんだろうか。マーキングは残るんだろうか。よく分からないが、とにかくそこら中に小便かけられてはたまらない。この子の方でも外猫気分が抜けないのか、家の中に入れるとそわそわと落ち着かず迷惑そうにしている。それで結局今でも外猫のままだ。と言っても、シンチャンのようにいつも家の周りにいた「常駐型外猫」ではない。毎日どこかから巡回してくるので「巡回型外猫」と呼ぶことにしよう。きっとこいつも、二つ三つ名前を持ったやつなのかも知れない。

 そういえば最近、見慣れない黒キジが巡回してくる。どうもオスが1匹居なくなると、決まって新しいオスがやって来るような気がするが、そこら辺の「猫的事情」がシロイコちゃんにもあるのだろうか。

by pororompa | 2008-01-28 19:28 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01 モスよさらば semスキン用のアイコン02

  

2007年 08月 28日

e0006692_21482847.jpg ブログのタイトルバックの画像を替えた。モスの画像から、4日だけ帰って来た息子とピンコの画像にした。

 モスがやって来なくなってどれくらい経つのだろうか。急に姿を見せなくなった。恐らく死んだのではないかと思う。そう思いたくはないがその可能性が高い。心に残る野良猫だったが、もはやこの世に形はないものと思っている。

 しばらくしてシンちゃんもいなくなった。体が弱って医者通いが続いていたが、ある時家を出ていこうとする所を妻が止めようとすると、「邪魔するな!」というように歯を剥いたそうだ。それっきり帰ってこなかった。これもやはり死んだに違いない。

 残った猫は、家の中にピンコと、毎日玄関にやって来るシロイコちゃんだけ。帰ってきた娘も息子も、これには寂しさを感じているようだった。猫好きの二人であるから、ピンコを抱くことが我が家に帰ったことを最も実感するひとときなのである。

 「猫は3日経ったら恩を忘れる」と言うが、俗説ではないかと思う。ピンコは、娘に対しても、息子に対しても、フンフンと一、二度においを嗅いだだけで、「ああ前にずっと暮らしてきた人だ」と理解したかのように、すぐに親しみを示した。そしてこのように毎日甘えて過ごし、以前のような賑やかさが急に戻ってきたことに喜びと興奮を覚えている様だった。

 ピンコも体が弱ってきている。正月にまた帰るつもりなのか、「あと半年は生きろよ」とピンコに言い残して、息子は慌ただしく街の生活に戻っていった。

by pororompa | 2007-08-28 21:54 | 駄猫列伝 | Trackback | Comments(2)