ぽろろんぱーぶろぐ
2024-02-27T13:30:47+09:00
pororompa
歌を作る元小学校教師pororompaが、その日聴いた音楽(主にジャズ)・歌の創作・サッカー・教育・猫など、気の向くままに語るブログです。 コメント歓迎。
Excite Blog
【音盤的日々 479】関谷晋 指揮 晋友会合唱団 / 林光編曲 混声合唱による日本抒情歌曲集
http://pororompa.exblog.jp/30829526/
2024-02-27T13:30:00+09:00
2024-02-27T13:30:47+09:00
2024-02-27T13:30:47+09:00
pororompa
音盤的日々
前回の流れでこういうものが聴きたくなり、ちょうどメルカリで手に入れて聴いた。
編曲した林光という人は、芸術音楽の人であるが、音楽教育にも多大な影響を及ぼした人で、ぼくの関わる教育研究連絡団体の中には彼を信奉して、ほとんど彼とその周辺の作品ばかりしか歌わないような流派もあるぐらいだ。そこまでいくとぼくもどうかと思うが、まあ大家であるのはまちがいない。
その林光の、これは最も通俗的というかポピュラーよりの仕事かと思うが、興味深いのは「『日本の抒情歌』に寄せて」と題してこんなことを書いていることだ。「シューベルトの歌がすばらしいのは、その時代を代表する芸術歌曲でありながら、同時に愛唱歌=流行歌でもあり得たことだ」。そんな雑談を仲間と交したことがこの編曲をするきっかけになったという。高い芸術性を持った歌曲が同時に大衆にも愛される、そのことが「すばらしい」と言っているのである。そして、「初期の作曲家」の作品を合唱編曲したものには、「やたらとくふうをこらし」たり、「合唱音楽らしさをむりやり押しつけているようなものが多い」ことに疑問を感じてきたと言っている。元の歌の素朴で親しみ深い味わいを損なわないようにしながら、格調高く仕上げてみせるという意気込みが感じられる。
ではどのように編曲したのかと、早速その作品を聴いてみると、立て続けに無伴奏の合唱で「荒城の月」「からたちの花」「城ヶ島の雨」「カチューシャの唄」と流れてきた。選曲も本人で、「いちばん苦労した」と書いている。「荒城の月」はともかく、「からたちの花」「城ヶ島の雨」「カチューシャの唄」という流れはぼくにとっては好きな歌ばかりで、まずこの選曲におっと思った。芸術歌曲的な「からたちの花」と流行歌第1号と言われる「カチューシャの唄」では随分と世界が違うようにも思えるが、調べてみると「浜辺の歌」なども含めて時代的には同じ大正時代の自由な雰囲気の中で生まれてきた歌のようだ。聴いて違和感はない。
後半も「この道」や「ペチカ」など山田耕筰ナンバーに「ゴンドラの唄」なども絡ませて、飽きさせずに進む。彼の古い歌に対する的確な評価や柔軟な好みが伺われて面白い。終盤は「浜辺の歌」や「椰子の実」を、ピアノを単なる伴奏以上に活躍させて聴かせる。
不満は、と言って失礼なら好みとかの問題なのかもしれないが、ソロイストと一部の編曲である。編曲については「原曲の音の組み立てにしたがったもの」と「旋律だけを生かして自由にあつかったもの」とがあると本人が書いている。後者に違和感を感じる曲が数曲あった。編曲者の気持ちはよく分かる。やたらと工夫して持ち味を損ねたくはないが、違うコードやリズムでリフレッシュでしたくなったのだろう。耳になじんだものが大きく変わると多くの人はあれっと思う。先人の仕事に林光が少し違和感を持ったというのとは違うかもしれないが、単なる一鑑賞者のぼくにも少し違和感を感じる瞬間があった。だが全体的には「敬愛する諸先輩達に、いくらか批判をこめつつ捧げるオマージュ」と本人がいう通りの作品だった。
それからこのCD、ぼくは大編成の音楽は個が埋没するところが好きではないのだが、合唱団の全員の名前が記してある点がよいと思った。
]]>
【音盤的日々 478】ロジェー・ワグナー合唱団 / THE BEST OF ROGER WAGNER CHORALE
http://pororompa.exblog.jp/30818042/
2024-02-20T16:53:00+09:00
2024-02-20T16:56:04+09:00
2024-02-20T16:54:00+09:00
pororompa
音盤的日々
春の兆しを感じて、ふとこういう歌が聴きたくなった。確かそんなCDがあったはずだと棚を探った。職場で校内放送を担当していた頃、かける音楽は私のコレクションでプログラムを組むことが多かった。趣味の押しつけではなく、学校の少ない予算以外でもいろいろな音楽に触れる機会を子どもたちに与えたいと思っていたからである。退職した後職場を訪ねたときに、放送室に置き忘れていたのを見つけ出したのがこの盤だった。
疎いジャンルなのでロジェー・ワーグナーという人は詳しくは知らないが、アメリカの合唱団のようでフォスターを中心としたアメリカものを中心に聴かせてくれる。日本にも馴染み深い世界の民謡なども歌っていて親しみやすい。自然に引き込まれる。
唱歌というよりももっと広い範囲を含むこういう世界の歌を、幸い子どもの頃から親しんできた。ラジオもあるがそれより、ぼろぼろになった小さな歌集を兄が持っていて、それをいつもリコーダーで吹いていたからである。テレビのない家庭であったから、幼い魂にいっそう濃厚に刷り込まれていった歌の数々であったと思う。
孫がこの世にやってきたので、孫の世代にもこういうスタンダードな歌を伝えたいと思うが、意外にこういうジャンルは気軽に聴いて親しむ程よい盤が少ない。この盤はどれもいい曲ばかりのフォスターだけでなく、「アニー・ローリー」や「春の日の花と輝く」、「ダニー・ボーイ」などヨーロッパものも選曲がよかった。夕暮れにこういう歌がしっとりと流れるような、そんな環境で育ててやりたいものだ。
]]>
【音盤的日々 477】KENNY DORHAM / MATADOR
http://pororompa.exblog.jp/30773252/
2024-01-31T15:16:00+09:00
2024-01-31T15:17:52+09:00
2024-01-31T15:16:30+09:00
pororompa
音盤的日々
近年になって買ったLPの棚の中を探ってみる。やはり昔買ったものほどの愛着がないのか、こんなの買っていたんだというようなものもある。まあ仕方がない。うっかりダブって買うのだけは気を付けたい。
ケニー・ドーハムのこの「マタドール」は、5年ほど前に通販で買ったものだった。今日はスタンダードが並んだB面から聴いてみる。
1曲目チャップリンの「スマイル」。意表を突いて速めのテンポで始まった。2曲目の「ビューティフル・ラヴ」は逆に落ち着いている。この流れはいいね。けたたましさのないドーハムのラッパがスムーズにソロを紡ぎ、そして入ってくるちょっと音程が不安定なアルト・サックス。ジャッキー・マクリーンかなと思ったらそうだった。軽く鳴き節という感じの哀調あるソロが続く。3曲目がちょっと異色で、ヴィラ・ロボスのギター曲をトランペットとラッパでじっくりとスローでやるという趣向だったが、流れを止めているようであまり面白いと思わなかった。4曲目は歌ものに戻って後味よく終わった。
A面に裏返す。冒頭はドーハムの自作でタイトル曲の「マタドール」。ん…?、何か変だ。タイトルもラテンぽいし解説の岩波洋三氏も「ラテン・リズムを導入」と書いているけど、変拍子じゃないの?。1・2、1・2・3…5拍子じゃん。英文ライナーを見ると「writen in 4/5 time...」と書いてある。まさか岩波氏も気付かなかった訳じゃないだろうが…。でも曲の一番の大きな特徴を書かないということがあるかな。
5拍子でもスムーズにスイングしているのはさすがジャズメン。裏のクラシックの導入といい、ドーハムさんもミュージシャンとしてやってみたかったのだろう。いつもスタンダード吹いてばっかりじゃ面白くないからね。続いてマクリーンが娘の名をタイトルにした曲が組曲風に続くが、これもかわいい曲じゃない。ジャズメンの書いた意欲的なオリジナルという感じ。
全体にスタンダードと実験作を程よく取り混ぜた佳作という感じのアルバムでした。
]]>
【音盤的日々476】森山威男カルテット~向井滋春 / ハッシャバイ
http://pororompa.exblog.jp/30652912/
2024-01-09T18:00:00+09:00
2024-02-16T16:24:05+09:00
2024-01-09T18:00:25+09:00
pororompa
音盤的日々
ふらりと街に出て、LPを1枚見つけ、ちょっとうれしい気分で帰ってきた。この気分はひどく懐かしい気がした。久しく味わってない気分だ。若い頃はこうやって一枚一枚に喜びを感じて、大事に聴いてきたものだった。
正月明けに何気なく立ち寄った地元のブックオフで、LPが売られていた。見覚えのあるジャズ盤が数十枚、どれも300円。二束三文で叩き売りされている哀れなLPの中にこれがあった。週末で一割引とかで頼みもしないのに297円になった。この値段なら盤質には期待できないが、少なくとも外面は小綺麗にして売られている。その中の一枚、懐かしい作品をぼくは小脇に抱えて店を出た。その時、何とも言えない感情が甦ってきたのだった。
森山威男のカルテットに向井滋春の加わったこの「ハッシャバイ」は、学生時代に入り浸っていた名古屋のジャズ喫茶「尾張屋」でよく流れていた。その頃の新譜だったようだ。この飛行機の翼のジャケットですぐ分かった。ピアノは板橋文夫。ちょうど偶然YouTubeで友部正人とやるのを見たところだった。
案の定、盤面は汚れていたので、聴く前にまず水で洗った。1枚だから苦にはならない。失敗したって300円だ。そうして針を乗せると、針音の中から腹に来るような森山威男のバスドラの連打が飛び出してきた。
1曲目「サンライズ」。10分余りの音の洪水がゆっくり懐かしさに浸ることを許してくれない。老化のテストのように襲いかかってくる。山下洋輔とやっていた森山はズドドド、ズドドドと怒濤の如く押し寄せ、コルトレーンを思わせる小田切一巳のテナーは辛口ながら聴き手を拒絶せずいい感じで鳴り渡る。さらに板橋が暴れ出す。その後の森山のドラムソロを楽しむにはさすがに体力が不足していた。
2曲目表題曲の「ハッシャバイ」で、ちょっとほっとして椅子にかけ直す。哀調を含んだテーマは印象的で、彼らのオリジナルであるかのように記憶の底に染み付いていた。いい音のテナーは気持ちよさそうに吹き流して、ワン・ホーンのトラックを程よく締めくくった。
次の日にあらためてB面を聴く。A面よりややおとなしいが、中では向井のワンホーンによるバラード「ラバー・マン」が特にいい。ぐっとくる。向井の「ラバー・マン」は何の演奏だったか若い頃いいなあと思った記憶があるのだが、この演奏だったのだろうか。
LPは十分に鑑賞に耐える音で最後まで鳴り切った。ここ数年メルカリでCDを1枚ずつ買ってきたがちょっと行き詰まってきている。この田舎町でもできるというなら、古いLPを一枚ずつ買ってくるのに方向を切り替えようかなと思った。原点に戻って。
]]>
【音盤的日々475】SONNY CLARK / COOL STRUTTIN'
http://pororompa.exblog.jp/30525226/
2023-12-13T14:36:00+09:00
2023-12-13T14:36:42+09:00
2023-12-13T14:36:42+09:00
pororompa
音盤的日々
今日も重苦しい冬の曇天日だ。あまり食欲はないがそばでも食っておかないと夜まで持たんなとか思い、そばをかき込んだ。なんか今一つうまくないなと思った。食い終わって汁も捨ててから気が付いた。具に乗せるはずだったかきあげを忘れていた。何か悲しい。汁を作り直して浸して囓った。ちっともうまくない。侘しい午後だ。
ブルーノートの創始者アルフレッド・ライオンさんのインタビューをふと手に取ったら、面白くてつい読み耽った。ぼくは長くジャズを聴いてきたのに、人が言うほどブルーノートに親しみを持ってない。かと言って拒否感があるわけではない。一通り聴いてきたし、持ってもいる。ジャズのレーベルで一番好きなのはRIVERSIDEかな。でもブルーノートは凄いなとは思う。
例によって小川隆夫さんのインタビューでライオンさんの苦労話を聞いた。この人もヨーロッパの人なんだな。ドイツで迫害されたユダヤの人だった。ジョン・ハモンドとのひょんなやりとりからジャズメンの録音をすることになり、自分で聴くだけのつもりが評判になっていつのまにかレコード会社に発展した話、初期のモンクをいいと思って録音したがあまり売れなかった話など進んで、モンクの勧めでバド・パウエルを録ったのがあの有名な「アメイジング・バド・パウエル」だそうな。
ジャケットも評判になったソニー・クラークの「クール・ストラッティン」の話も出てきたので、大きな音で久しぶりにこれをかけて聴いた。昔これを好んでいた妻に「安易セッション」とつまらんことを言って気分を害させたことを思い出した。ジャズは安易なセッションが名演、名盤を生んだりするものだ。演奏は今聴き直しても素晴らしい。有名な表題曲で始まるA面ばかり聴きがちだが、LPではB面に当たる3,4曲目もよかった。ビートが弾けて、侘しい冬の日に活が入った。
]]>
【音盤的日々474】DAN PENN / DO RIGHT MAN
http://pororompa.exblog.jp/30492175/
2023-11-16T14:26:00+09:00
2023-12-13T14:39:32+09:00
2023-11-16T14:26:20+09:00
pororompa
音盤的日々
この頃続く曇り空のせいか、どうも気分が何となく重い。何か音楽でも聴こうと思うが、ごちゃごちゃしたやつは聴きたくない。これを手に取った。
ダン・ペン。ライ・クーダーの演奏で大好きな「ダークエンド・オブ・ザ・ストリート」の作者である。渋い歌を聴かせてくれるおっさんだ。
その「ダークエンド・オブ・ザ・ストリート」を1曲目から早速聴かせてくれる。しみじみ感がたまらない。2曲目以下もしみじみ系おっさんの味わい深い語りが続く。まさに今日聴くのにぴったりだ。
決してうまい歌じゃないんだが、味があるんだよなあ。白人だけど黒人のレイ・チャールズなんかの影響を受けて育った人だという。まあジャンルはどうでもいいけど歌の味わいが分かっている人だなあという感じがする
あと装丁が粋だ。愛車の側に腰掛けて、立てかけたギターの横で手紙か新聞か読んでる。裏見ると愛犬に餌やったり。これだけでも聴く前から内容の良さは期待できる。今日聴いてまた星半分印象が上がった。おっさんの歌に慰められた。
]]>
藤井聡太全冠制覇
http://pororompa.exblog.jp/30466941/
2023-10-13T10:49:00+09:00
2023-10-16T07:20:58+09:00
2023-10-13T10:49:30+09:00
pororompa
なぜか将棋
とうとうこの日が来た。将棋の藤井聡太棋士が全タイトルを獲得した。ずっと注目してきたファンの一人としてうれしい。
それにしても凄いことである。獲得したタイトルは一度も失うことなく、新しいタイトルを次々に獲得し、一気にここまできた。しかも誰もがくるだろうと思っていた。それほどの圧倒的な強さだった。さらに驚くことに、「タイトル」には数えられない全棋士参加のトーナメント戦も全て獲得しての12冠だから凄まじい。
獲得の一戦ももちろん家で見ていた。相手の永瀬棋士が99%と出たのでこの日はもうあかんなと覚悟した。諦めて寝たら朝起きてびっくりということは藤井の場合よくあるので最後まで見ようと思ったが、次の日朝が早かったので寝ようとした。その時、急に評価値の数字が逆になった。永瀬が1分将棋で詰め損なったようだ。「学究肌」とも「芸術家的」とも評される藤井だが、追い込まれると一か八かの「勝負師的」な手が飛び出す。そんな時が一番面白い。永瀬も藤井の手に幻惑されたか。
永瀬は正直あまり好きな棋士ではないが、勝ちを寸前で逃して髪を掻きむしる姿には同情した。たとえ藤井ファンでも同じ思いで見た人は多かったのではないだろうか。投了前にも、悔しさを抑えきれない姿が一手の重みや厳しさを物語っていた。永瀬の将棋は好きではないが、永瀬は強い。このことはあらためて感じた。藤井から初めてタイトルを奪うのは永瀬かも知れない。
翌日も翌々日も、新聞は藤井の全冠制覇をたっぷりスペースを取って伝えていたし、テレビもそうだった。ただこれまで藤井聡太のほとんどの対戦を観戦し、生い立ちに関するほとんど全ての本を読んだ目から見ると、かなりずれた解説記事が多い。例えば今朝の新聞には「初手がいつも○○だから頑固」と書かれていたが、頑固だから指しているわけではなくただその手がいいと思うからであって、理由があって指しているのである。別の手が戦いやすいと思えば変えるだろう。藤井はどちらかというと柔軟で合理的な考え方の持ち主であって、頑固は的外れだ。
それから、よく「血のにじむような努力」だとか「悩み苦しみ抜き」とか書かれるが、師匠の杉本棋士も、幼少時に手ほどきをした文本氏も、それから本人自身でさえ、「努力」という言葉がぴったりこないことをインタビューで述べている。「努力」という言葉にはストイックな響きが込められているが、藤井の場合は将棋が好きで好きでたまらず没頭した結果であり、何か違和感があるのだろう。何にしても、従来のありきたりな通俗的な見方では、このような突き抜けた天才は正しく捉えられない。
頂点に立った藤井聡太全冠だが、内容が面白いから勝ち続けても楽しめると思う。でもやはり一番面白いのは、ハラハラした息をのむような終盤だ。そこまで戦える強烈なライバルが今後も登場してほしいと思う。 ]]>
【音盤的日々473】遠藤賢司 / HARD FOLK KENJI
http://pororompa.exblog.jp/30455035/
2023-10-04T17:07:00+09:00
2023-10-06T18:38:30+09:00
2023-10-04T17:07:22+09:00
pororompa
音盤的日々
スタジオ・ミュージシャンだった平野肇という人の書いた「僕の音楽物語 1972-2011」という本が意外に面白く、一気に読んだ。楽譜も読めず、基礎テクニックも知らない「名も無きミュージシャン」だったとご自分のことを謙遜気味に語っているが、共演したミュージシャンを見るとなかなか蒼々たる顔ぶれである。生まれた年代だとか育った場所だとか幸運はあったにしても、肝心の腕の方は確かな人なのだろう。
読んでいる内に、この人の録音が家にもあるかも、あれば聴いてみたいと思った。「蒼々たる顔ぶれ」は微妙にぼくの趣味とずれていたりして、なかなか見つからなかったが、一つ見つかった。それがエンケンのこの「ハード・フォーク・ケンジ」だった。
この作品はエンケンには悪いけど彼の作品の中では駄盤に属する。平野氏の本にもレコード会社の担当者がエンケンを持て余して何度も交代した話が出てくるが、70年代のURC系のミュージシャンの中でもひときわ「変人奇人」に属するエンケンである。メジャーからデビューさせて一儲けを企んでも、永遠にうまくいかなかっただろうことはこの後の彼の生き方を見れば分かる。
さて件の平野氏だが全9曲中6曲、主に後半中心に叩いている。最初に出てきた2曲目の16ビートの明るいノリのナンバーはまあ普通かな。ちょっと雑な太鼓だなと感じた。⑤から後は全部平野氏なので身構えて聴くと、呟くようなエンケンのゆっくりとしたワルツでシンバルなんかをシャンシャン鳴らしているが、これに合わせるのは難しいだろう。次の曲もリムショットを中心とした単調な3拍子が刻まれるだけで、ガクッと来た。⑦でようやく安定したドラムが出てくる。エンケンもこの中で一番のでき。
「満足できるかな」でセンス抜群のドラムを聴かせる林立夫とは比べるのは酷だが、この人の場合は腕よりも細やかなセンスの点がやや不足していたのかも知れない。だが売れ線一辺倒の業界路線に疑問を感じ、世間に忘れられた岡林信康に共鳴してツアーしたりして、一本筋が通っているというか、気骨のある人だ。この人の嫌味がない素直な文体の回想録は好感が持てたし、内容的にも興味深かった。
そしてエンケンのこの作品。ドラムはともかくとして後半は意外に聴き所もあり、少し見直した。「駄盤」は撤回。
]]>
ヤマト帰らず
http://pororompa.exblog.jp/30446826/
2023-09-23T10:35:00+09:00
2023-09-23T10:35:26+09:00
2023-09-23T10:35:26+09:00
pororompa
駄猫列伝
痩せ衰えてやっと生きているという状態だった黒猫のヤマトが、昨日の夕方から帰らない。外暮らしが好きでいつも外に出たがる猫だが、このところあまり外には出さないようにしていた。この日はしきりに出たがるので、曇って涼しくなった夕方に少しだけと思って出した。出してもいつもなら庭の周辺でゆっくりしているだけだったので大丈夫と思っていた。だが間違いだった。それから帰らない。
猫は死ぬ姿を見せないようにするというのは本当だろうか。これまで我が家の猫は、病気で衰えてからは我が家で看病し、我が家で死んでいる。だから何となく大丈夫な気で居た。そろそろ家に入れようとしたら、いつも寝ている玄関の横のコンクリートの上にいない。慌てて近所を何度も回ったがいない。そして悪いことに夜中に雨が降った。激しい雨だった。1時頃にヤマトが帰った夢を見て目が覚めた。ただ雨が降っているだけだった。どこか冷たい雨の中で倒れているヤマトに降っているだろうと思うとつらかった。それから朝まで眠れなかった。
朝になって、近所の猫に優しいという噂のご家庭に何か情報はないか聞きに行った。ヤマトのことはよく知っているという。よく来て餌を食べていたという話だったが、昨夜は来ていないという。最後の望みが絶たれた気分だった。でもヤマトがお世話になっていたことが分かり深くお礼を言った。
近々の死は覚悟していた。でも自分のうっかりでこんな目に合わせて残念だ。何か心残りな気分だ。せめて庭に埋めてやりたかった。医者に通い餌も苦心していた妻は、留守中にヤマトがいなくなり、ぼくよりダメージを受けていた。悲しい。残念だ。でももう帰っては来ないだろう。
ヤマト。推定13才。野良猫暮らしから生後多分半年ぐらいで我が家に住み着いた。外暮らしを好み、季候が良くなるといつも外の箱で寝ていた。穏やかで優しい性格だが、去勢されても近所の猛者どもと渡り合う強さもあった。かわいいやつだった。 ]]>
【音盤的日々472】CAROLE KING / MUSIC
http://pororompa.exblog.jp/30443426/
2023-09-18T17:01:00+09:00
2023-09-18T17:01:27+09:00
2023-09-18T17:01:27+09:00
pororompa
音盤的日々
キャロル・キングの自伝「ナチュラル・ウーマン」を読んだ。分厚い本だったが、内容は興味深く、読み始めると一気に読んだ。自伝にも本当に自分で書いたものから、喋った断片をライターが何とかまとめたようなものまでいろいろあるだろう。これは何年もかけて自分で苦労して書いたもののようだ。
ぼくの馴染み親しんだキャロル・キングはもちろん70年代の「TAPESTRY」を中心とするシンガー=ソングライターの時代の作品だ。それ以前に職業作曲家の時代があったことは知っていたが、詳しいことは知らなかった。驚いたのは、早熟だった彼女は十代の内にもう曲が売れていたことだ。それだけでなくジェリー・ゴフィンと知り合って結婚し子どもまで作っている。70年代に入って歌い手が自作を歌うことが当たり前になったとき、キャロル・キングは既に時代に置いて行かれそうな「旧勢力」だったのだ。
歌うことになったのも、デモテープの素晴らしさに感心した周囲の勧めがきっかけだったという。しだいに自信を付けながら演奏者の楽しさを感じ始めていく過程が詳しく語り込まれている。同時に若くして生んだ子達の子育ての大変さも多く語っているが、しっかり母親業も務めあげているのは立派だ。
この作品は実はあまり馴染みがない。LPの時代に同時代的に親しんだのは特に「TAPESTRY」と「RHYMES & REASONS」の2作だが、これはちょうどその間の作である。ずっと後にCDで買ったまま、あんまり真剣に聴いていなかった。自伝を読みながら聴き直してみたが、これがなかなかいい。
初め3曲がバタバタと浮わついているように聞こえるが、これはまあ売るための方策なのだろう。4曲目からぐっと落ち着いて聴かせる。B面に入ってもその流れは続き、突出した曲はないが淡々と佳曲をピアノ弾き語りで歌い綴っていく。今回聴き直して一番気に入ったのは、ラス前に入っている「Too Much Rain」。何曲かでジェームス・テイラーのギターと歌が聞こえるのもいい感じだ。これもキャロルの愛聴盤の一つに加えたい。
]]>
そういえばモジャがいない
http://pororompa.exblog.jp/30425966/
2023-08-25T07:39:00+09:00
2023-08-25T07:47:20+09:00
2023-08-25T07:39:47+09:00
pororompa
駄猫列伝
現在の我が家の猫は2匹。やっと生きているという感じの黒猫のヤマトと、まだ若い長毛種のモジャだ。娘と孫が訪れて賑やかな昨日の真昼頃、そういえばモジャがいないと妻が言い出した。昨夜出たきりだという。こういうことはたまにあるが、たいてい昼頃には帰ってきている。だが細い路地を飛ばす車もいるので不安だ。
2時、3時になっても帰らないので、しだいに不安がつのってきた。物凄い蒸し暑い日だったが、雲行きが変わって遠くで雷も聞こえてくる。この猫は極端なほど警戒心の強い猫で、来客がいたら絶対帰って来ない。娘一家には馴れてきたが、それでも外から異変を感じると駄目だ。写真はこの日ではないが開けてもらおうと家を覗いたところ、孫と鉢合わせした瞬間。孫も急に変なのが表れたので、互いに何じゃこりゃと目を丸くしながら向かい合っている。この猫は雷も苦手なので、それでどこかに潜んでいるのだろうと思うことにした。
だがおかしい。姿も見えないし気配もない。数回近所を見回りに出たがいなかった。これまで夕方まで帰らないことがあったかと思い返してみる。昼寝から覚めた孫がいつものように私に微笑みかけるが、何か気配を感じてか笑顔が消えた。娘も心配して外ばかり見ているので、ただならない雰囲気を赤ん坊も感じるのかも知れない。
その内に夕方5時を過ぎ娘一家も帰った。それでもモジャは帰ってこない。いよいよ変だ。最悪の想像が頭をよぎる。もう不安を通り越して、悲しくなってくる。この猫は順調に過ごせばあと10年は一緒に生きて、我が家を楽しませてくれると思っていた。もちろん外に出しているから事故の危険性は覚悟はしているが、それでもこの性格なら生き延びていけると信じていた。
帰って来る確率は半分を通り越して4割ぐらいか、でもまだ十分希望はあると思い直してシャワーを浴びている時だった。外で妻の叫ぶ声が聞こえた。庭にモジャがいるという。まだ警戒して入ってきてないけど、とにかく生きていたことは分かって安心した。いや、不安を通り越して諦めかけていたから、安心を通り越して嬉しい気持ちだ。ただ元のように帰ってきただけなのに、すごく嬉しいことが起きたような気分だった。死んでいなかった。生きて帰ってきた。]]>
【音盤的日々471】斉藤哲夫 / 君は英雄なんかじゃない
http://pororompa.exblog.jp/30397651/
2023-07-23T13:02:00+09:00
2023-07-23T13:05:08+09:00
2023-07-23T13:02:28+09:00
pororompa
音盤的日々
何を聴くかは半分以上は自分で選ぶが、そうでない時もあるし、それがいい時もある。初めて聴く歌や、ずっと忘れていた曲が、思いがけず新鮮に響く。
無線ヘッドフォンをかけて暑い庭を歩いていたら、昔々の斉藤哲夫のデビュー盤が耳元で鳴り始めた。機械が勝手にかけた盤だ。自分では選ばなかっただろう。
若造が人生を分かった風にして叫ぶ。だが、そうであっても、若い魂を鷲掴みにした歌達は、耳から逃げていくことなく、老いかけた耳にも染み込んできた。懐メロを耳にした「懐かしい」という感じではなく、常に自分の一部にあった、そういう歌だという感じがする。全曲歌うことができるくらい、隅々まで覚えていた。
この盤については以前このブログでちょっと紹介したことがある。小田和正の番組で思いがけず斉藤哲夫が紹介された時に、「斉藤哲夫と小田和正」と題して書いた。
2枚目から後は今でも引っ張り出して聴くことはあるが、この盤はちときつい。だがそれは別に劣っているという意味ではない。はやり歌になることを拒否している硬派の作品だけが持つ風格というか、気骨というか。それがここにはある。
生ぬるい風に吹かれていると、耳元で青年が「時は矢のように~」と叫んでいる。歌っている君も本当は分かっていなかっただろう。だが間違ってはいなかった。時は矢のように過ぎ去った。
]]>
【音盤的日々470】BUD POWELL / THE BUD POWELL TRIO
http://pororompa.exblog.jp/30356377/
2023-06-22T16:24:00+09:00
2023-06-22T16:24:59+09:00
2023-06-22T16:24:59+09:00
pororompa
音盤的日々
図書館から借りてきた小川隆夫氏の「ジャズ超名盤研究」という本にこのアルバムが出てきたので、そう言えばこれあったなと、棚から引っ張り出して聴いた。小川氏の本は単なる評論家のジャズガイドじゃなくて、本人が直接インタビューしたジャズメンの貴重な証言を載せていたりするから素通りできない。
パウエルの名盤と言われているこのルーストのトリオ盤、恥ずかしい話だが若い頃売ろうとしたことがあった。1947年の録音なのでとにかく音がよくない。モダン・ジャズの傑作は1950年代の後半の録音が多いのだが、これはその10年前で観賞用には厳しい音ではあるのだ。半分売ったような気になっていたので、棚から見つけてほっとした。
かけてみると、火の出るような演奏が飛び出てきた。録音が古いだけでなく、盤自体が数十年ぶりに針を落とした状態だったのだが、唸り声を上げて瞬間即興演奏に没頭する天才から繰り出される音の洪水に、いきなり圧倒された。体調のいい日じゃないと聴けないような演奏だが、今日は気持ちよく聴ける。いつまでもこのビートに浸れる身でありたい。
それにしても時代の最先端を走っていた改革者だけあって、音楽が1947年とは思えないほど尖っている。というか新しいとか古いとかを超えている。よい音で残っていないと嘆くのではなく、よく残してくれたと感謝するような記録である。絵や文学と違って音は消えて無くなるのだから。
]]>
【音盤的日々469】オイストラフ(vn,指揮) ベルリン・フィル / モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第4番,5番他
http://pororompa.exblog.jp/30330930/
2023-05-26T16:59:00+09:00
2023-06-09T21:06:40+09:00
2023-05-26T16:59:01+09:00
pororompa
音盤的日々
気温は20度から26度くらいで、湿度は50%前後の気持ちの良い日が続いている。快適なので毎日庭にいる。朝顔の棚を作ったり,土を掘り繰り返したりしている内に日は過ぎる。1年中で一番気持ちの良い季候がこの梅雨前の時期かも知れない。自然にモーツァルトでも聴こうという気になる。
これはずっと以前買ったEMIのオイストラフ全集からの1枚だ。安かったので買ったが、何しろ17枚もあるのでいまだに全部は聴いていない。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は第3番と5番をグリュミオー盤で普段から親しんでいるが、その間の4番はよく知らないのでこれを選んでみた。
例によってうっとりするような美しい調べが流れてきた。3番や5番ほどインパクトがないように感じるのは聴き慣れていないせいか、はたまた奏者のせいか、あるいは録音のせいか。しかし気持ちの良い音楽が繰り出されてくるのでもちろん文句はない。そのまま庭に出る。
この調べが漏れ聞こえるくらいの音で庭に流れる。風に吹かれて小さく聞こえてくる。音が大き過ぎては近所迷惑だろう。不快に感じる人もいる。眠りに誘われてぼうっとしていると、聴き慣れた歯切れのいい短調の調べが聞こえてきた。5番の特徴ある「トルコ風」と呼ばれる調べだ。唐突に表れるが、これが作品に変化を付けて引き締めているようにも感じられる。
オマケで入っている「ロンド」の途中で音跳びがした。廉価盤というのもあるのかなと思ったが、どうも庭いじりの汚れた手で盤面を触ったからのようだ。厚紙のジャケットは扱いが難しい。
]]>
【音盤的日々468】ALAN BROADBENT TRIO / SONG OF HOME
http://pororompa.exblog.jp/30304711/
2023-04-24T13:43:00+09:00
2023-04-24T13:48:07+09:00
2023-04-24T13:43:22+09:00
pororompa
音盤的日々
選挙の応援で忙しい日々だった。教員時代の仲間が2人出ていたので、「応援ソング」なるものを作ったが、案外受けは良かったようだ。2人とも当選したので、少しは貢献したのかなという気はしている。
落ち着いた日々が戻ってきたので、久しぶりに家で音楽を聴いている。その名も「ソング・オブ・ホーム」。ニュージーランド出身のアラン・ブロードベントのピアノ・トリオだ。
流れている音を聴いて妻が「ビル・エバンスかと思った」と言う。確かに似ている。録音は1984年。聞いたことのないベースとドラムの人はニュージーランドのミュージシャンなのだろう。曲数は6曲と少ない。初発はLPだったのだろうか。「恋とは何でしょう」で始まり、マイルスの「ソラー」、本人のオリジナルを挟んで、ロリンズの「オレオ」、そしてラストはエリントン・ナンバーをメドレーで、という構成だ。
奇抜でもなく、甘ったるくもなく、それほどハードでもない、淡泊な味わいもある中庸の人だ。アップ・テンポではやや余裕がないという印象を受けるが、「ソラー」なんかだと気持ちよく乗っていける。オリジナル曲は落ち着いたワルツで、抑えたブラシの音とよく似合う。録音もいい。ベースの音などいい感じだ。
全体にあっさり風味のピアノ・トリオ。だが親しみはもてる。聴いているうちに星半分上がった。
]]>
https://www.excite.co.jp/
https://www.exblog.jp/
https://ssl2.excite.co.jp/