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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 300】 YVES MONTAND semスキン用のアイコン02

  

2011年 11月 20日

e0006692_12391128.jpg 図書館から借りた、金子光晴の息子森乾の「父・金子光晴伝 夜の果てへの旅」が無類に面白かった。戦争末期、光晴が山中湖畔に籠って反戦詩を書き、息子をわざと病気にさせて徴兵を逃れきる有名なくだりを、当の息子がどう書くか楽しみに読み進めていたら、残念ながら途中で未完に終わっていた。しかしたとえ未完であったとしても、世に出す意義は大いにある作品だった。そこでは光晴は美化されておらず、むしろその弱さをいっぱい持った人物像を、厳しく冷徹に描いているけれども、それでなお光晴の値打ちは損なわれないどころか、人物の面白さがいっそう溢れ出てくる、家族の絆や愛もほとばしり出てくる、そういう本であった。そしてなぜか気分が晴れ、創作意欲が湧いてくるような本であった。

 その余韻の覚めぬままに、光晴の詩を好んで歌っていた高田渡を聴いたり (そう言えば、友部正人は金子光晴に相当影響を受けたらしく、この「金子光晴伝」の書評をネットに書いていた)、カザルスのドヴォルザークを聴いたり、ガルデルのタンゴを聴いたりした。このイヴ・モンタンもシャンソン集もそんな中の一つだ。

 さて、金子光晴と言えば若き日のパリへの放浪も有名だ。このイヴ・モンタンもシャンソン集もそんな気分で選んだかも知れない。前にも書いたがぼくは子どもの時、イヴ・モンタンの4曲入りのレコードをよく聴いていた。それは「枯葉」「セ・シ・ボン」「詩人の魂」「バラ色の人生」の4曲だった。子どもが聴く歌ではないが、老成した5才上の兄の影響だったのだろう。

 モンタンは吹き込みも多いが、このCDから聞こえてくるのは子どもの頃聴き馴染んだそのレコードと同じテイクなのがうれしい。特に低い語りから入る「枯葉」は、これでなくてはいけない。これを聴きながら兄は言った。「フランス語というのは低音だからかっこいいのであって、これが声の高いやつだったらかなわんぞ」と。トルシエのインタビューを聞くたびにそれを思い出した。

 「セ・シ・ボン」なんかは今聴くと抵抗があるが、金子光晴の描くフランスがお上品な「おフランス」でないように、モンタンのシャンソンもけっして軽いばかりではない。太く豊かな低音のフランス語の響きに包まれながら、「枯葉」な秋の休日に身を委ねよう。外はすっかり晩秋だ。
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by pororompa | 2011-11-20 13:48 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

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