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semスキン用のアイコン01 【音盤的日々 298】 山本邦山 / 銀界 semスキン用のアイコン02

  

2011年 10月 29日

e0006692_18162419.jpg 尺八の山本邦山が、ジャズのピアノ・トリオと競演した有名な作品である。録音は1970年、演奏は菊地雅章のピアノ、ゲイリー・ピーコックのベース、そしてドラムが村上寛となっている。

 このLPを買ったのは学生の頃だが、やはりそう日常的に聴くような音楽ではないから、前回いつ聴いたか記憶にない。20年以上、ひょっとしたら30年、針を落とされることなくLPの棚で眠っていたかも知れない。

 どうしてこれを聴く気になったかというと、図書館から借りてきていた本に、邦山の「尺八演奏論」という本があったからだ。尺八に特に興味を持っているわけではないが、演奏家の言葉は興味深いものが多い。

 この本を読むと、思ったより邦山はジャズに惹かれていたことが分かる。彼が惹かれているのは、ジャズの躍動性より、ジャズの即興性だった。彼は五線譜も自在に読み書きできるし、クラシックの演奏家とも多く共演しているが、指揮棒の通りに演奏しなくてはならないような音楽よりも、その場で創り出していくスリリングな音楽の方が、自分達の音楽の世界に近いというようなことを書いている。

 尺八自体は無拍の世界を得意としているので、きちんとビートを刻んだりスウィングしたりするような音楽には合わないが、即興芸術音楽としてのジャズに、演奏者としての快さを感じているのだ。そこの所をよく分かっていたのが菊地で、無理にジャズの方に寄らずに、尺八の方の流儀でやってもらっていいという注文だったそうだ。

 久しぶりに聴いてみると、しっくりと溶け合った音世界が表れて、改めて驚いた。しかしである。世界中の民俗音楽はモードによる即興主体の音楽だ。尺八の奏でるメロディーなどはモードそのものだ。一方ジャズはというと、モードに流れて、中にはビートまで喪失した自由な即興もその範疇に含み、あらゆるタイプの即興芸術音楽を指すように変化していった。この時代の菊地雅章などはその先頭を走っていたような演奏家である。そんな即興音楽の精鋭達がモードで即興すれば、うまくいくのもそう不自然なことではないのかもしれない。

 リズム隊がまたいい。後のスタンダード・トリオで巨匠化するベースのゲイリー・ピーコックだが、京都で暮らしていただけに日本への理解は普通の外国人の比ではない。そして、ドラムの村上寛が、この世界に見事にはまった音を叩いている。本当に音楽的なドラマーだなと思った。
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by pororompa | 2011-10-29 19:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

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