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semスキン用のアイコン01【音盤的日々 306】 JAMES TAYLOR / ONE MAN DOGsemスキン用のアイコン02

  

2012年 01月 22日

 明日から寒くなるそうな。朝からどよーんとした重たい天気で、気が滅入りそうなので、軽くて明るめのをかけよう。「水害LPのCD買い戻しシリーズ」で、JTさんをぼちぼち買い戻しているんだけど、これは実は初めて聴く。

 前からジャケットがいいなとは思っていた。「猫ジャケ」はよく聞くけど、「犬ジャケ」っていう言い方もあるの? これは「犬ジャケ」の傑作だな。キャロル・キングの「タペストリー」の猫並に存在感がある。

 でも、「マッド・スライド・スリム」も「スウィート・ベイビー・ジェームズ」も持っていたのにこれがなかったのは、たぶん目玉の曲がないせいかな。小粒な曲がいっぱい入っていて、あんまりこういう作りは好きじゃない。それで買わなかったのかな。

 でも、予想よりいい作品だった、これ。ひょっとして前2作よりもいいかもしれない。若い頃に聴いていても、きっと気に入っただろう。歌詞まで調べてはいないんだけど、音の雰囲気が全体にいい。ホーム・レコーディングが中心なんだけど、'70年代のSSWのアコースティックな感じが何とも言えないいい感じだ。

 まあ例の如く、JTの自作曲はとりとめがないというか、地味って言えば地味だ。淡々としている。この人のヒット曲はほとんど他人の曲だもんな。それでもどこかに愛着のある曲が並んでいる。特に、10曲目のワルツ、「One Morning In May」が気に入った。

 細野晴臣は、ジェームズ・テイラーを歌い方まで研究して「夏なんです」や「風をあつめて」を作ったと、何かで語っていたけど、なるほど、この頃のジェームズを聴くと、重なる部分はある。JTに、「やつらがビー玉…」とか、歌わせてみたら面白かろう。

# by pororompa | 2012-01-22 13:57 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 305】 CROSBY, STILLS & NASHsemスキン用のアイコン02

  

2012年 01月 04日

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 2012年 明けましておめでとうございます。
 昨年は、世の中は大震災で大変、 個人的にもあまり面白くない年でした。
 今年は明るいことの多い年だといいですね。
 このブログも、もうしばらくこのペースで書いていきたいと 思います。
 よろしくお願いします。

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 言わずと知れた歴史的名盤。個人的にも思い出のいっぱい詰まったアルバムである。水害でLPを捨てて以来、何か落ち着かなかったし、CDも持っていなかったので、暮に何枚かまとめて通販で注文した時に、これも入れておいた。正月に久しぶりに故郷の日向市へ帰った時に、車の中で聴いた。

 このアルバムのCDは、今はライノからボーナス曲を追加して出ているが、オリジナル通りの曲目の旧盤を選んだ。「デジタリー・リマスタード」とあるが、音は期待したほどはよくない。元がよくないのだろうか。装丁は紙ジャケでもない、普通のプラ・ケースだ。オリジナルLPのあの手触りが懐かしい。これと「デジャヴ」は、いずれ程度のいいLPを手に入れなくちゃな。

 あらためてこの作品を通して聴いてみると、いろいろ思うことがあった。まず、スティルスが元気なこと。後の時代の作品を聴くと、スティルスの作品の質が他のメンバーと比べてはっきりと劣り、寂しくなるほどだ。ところがここでの中心曲はみんなスティルスじゃないか。「青い目のジュディ」、「You Don't Have To Cry」、「Helplessly Hoping」、そしてクロスビーとの共作で「Wooden Ships」。まさにスティルスの創作意欲が溢れ出た、「輝ける青春時代」という感じだ。

 あまり聴き覚えのない曲もあった。5曲目の「Pre-Road Downs」。ナッシュには悪いが、これはアルバム唯一の駄曲である。LPではA面のラストに当たるので、いつもここになると針を上げていたような気もする。「マラケッシュ急行」も「島の女」も、悪くはないが「デジャヴ」の中の「僕達の家」や「ティーチ・ユア・チルドレン」ほどの重みはなく、ソング・ライティングに関しては、ナッシュはまだこの時期では脇役という感じだ。とは言え、絶妙のハーモニーはもちろんナッシュがいてこそのもの。

 では、クロスビーは?。「Guinnevere」と「Long Time Gone」で渋く引き締めるクロスビーは、いつも作品に格調と重みを与えていた。「Long Time Gone」は「青い目のジュディ」のシングル盤のB面だったっけ。「ローング ターイム カミーン~・・・」、初めて聴いた時の感動を覚えている。

 故郷と言ってももう親も兄弟もいない。妻の実家に顔を出すと、義弟の子どもたちがもう中学生になっていたりして、いやでも自分の年齢を実感させられる。しかし自分の、それこそ「輝ける青春時代」に刷り込まれた音楽というものは、老境に入っても消え失せることはないのだろう。CDとは言え、ようやくこの作品を手にし、耳にして、何となく心安らぐ正月だった。

# by pororompa | 2012-01-04 19:33 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 304】 AL HAIG / INVITATIONsemスキン用のアイコン02

  

2011年 12月 29日

 一聴して血が騒いだ。久しぶりにこんな瑞々しいピアノ・トリオを聴いた。思わず、「999円」と派手に書かれた安っぽい帯を見直した。なめていたかも知れない。音よし、曲よし、演奏よし、これは確かに世評通りの、いやそれ以上の名盤だ。

 今日は一日年賀状を書いていた。遅いと言う人もいるだろうが、毎年こんなふうだ。その合間にここ数年付けている「音盤購入記録」を見たら、今年はあんまりCDを買っていなかった。「当たり」も少なかった。少ないからまた聴く気をなくすのだろう。でもこんなのに当たると、面白くなってまた買ってしまう。今日6枚注文してしまった。ぼくにしては多い。

 このアルバムは題名はよく耳にしていた。1974年の録音とあるから、ちょうどぼくがジャズを聴き始めた頃だ。いわゆる「幻の名盤」扱いの一つだったように覚えている。

 長年ジャズを聴いていても、こんな風に、古い作品でまだ気が付かなかった名盤に出くわすことがある。感性がまだ鋭かった時代の方が、大きな感動が得られたには違いない。けれど、今になって出合うのもまた悪くない。年末年始の休暇の始まりに、曇った感性を磨いてくれた。気合いを入れてくれた。元気をもらった。

 それにしても音がいい。リズム隊も抜群だ。ドラムはすでにヨーロッパに定住していたケニー・クラーク。ベースは知らない人だが名前からしてフランス人か。重くていい音してる。そこに流れていく硬質のピアノの音。ソロは程良く引き締まった緊張感と、心地よいスウィング感を併せ持ち、哀調を帯びたフレーズが寄せては返す。ううむ、これはよいぞや。間違いなく傑作だ。

 当たりの少なかったこの一年、終わりになって突然当たりが出た。終わりよければ全てよし…、ということにしようか。

# by pororompa | 2011-12-29 23:38 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 303】 THE MODERN JAZZ QUARTET / ODDS AGAINST TOMORROWsemスキン用のアイコン02

  

2011年 12月 25日

 職場の忘年会とか車を廃車にしたこととかいろんなことが重なり、長年参加してきた年末の教育関係集会を休んだ。自分が県の連絡先になっていたのでうしろめたい気持ちも感じるが、忘年会はまた忘年会で、職場に自分を知ってもらうのには役立ったので、参加した意味は大いにあった。

 ほっと一息つくと、以前に予約で注文していたジャズCDの廉価盤が届いている。その中の一枚、MJQの「オッズ・アゲインスト・トゥモロー」を、あまり期待せずに聴いたら、これが予想外によかった。

 MJQの主な正規盤は、LPかCDでだいたい持っているが、これは持っていなかった。それほど話題になる盤ではないが、存在は前から知っていたので、廉価盤で出た機会に迷わず注文した。

 よい音というか、豊かなジャズの響きで、1曲目「スケイティング・イン・セントラル・パーク」が鳴り出した。気のせいか、古いジャズのアルバムでも、CDの出始めの頃よりも最近出たCDの方が音がよいように思う。マザー・テープは劣化するばかりだろうが、それよりデジタル化の技術の進歩の方が大きいのだろうか。演奏も素晴らしい。ヨーロピアン・コンサートやラスト・コンサートで聴き慣れた「スケイティング・イン・セントラル・パーク」だが、それに負けないくらいこの演奏はいい。

 1曲目で大きな期待が膨らんだが、その後の曲はそれほどのインパクトはなかった。でも、悪い演奏というわけではない。LPの復刻でボーナス・トラックとかもないから、時間も短くてちょっと物足りないけど、本当はこれくらいが集中が持続するのにちょうどいいのだ。1950年代のMJQの録音で、まだ一度も聴いていなかった演奏が、思いがけずいい音で聴けて、うれしい気持ちになった。’50~'60年代のMJQがいい音で残っているなら、どんな演奏でも買いたい。

# by pororompa | 2011-12-25 14:32 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 302】 RAY BROWN & JIMMY ROWLES / THE DUO SESSIONSsemスキン用のアイコン02

  

2011年 12月 17日

 買うには買ったがあんまり面白くないなあと思っていたこのCD、使い道はあった。真夜中に流すとなかなかいい。

 そういやあ最近、毎日じゃないけど自転車で通勤をまた始めて、10時には寝ていたもんなあ。真夜中に音楽を聴くなんてことはとんとなかった。今日はのんびりしてサッカーばかり見ていたので、元気はある。

 ピアノとベースのデュオは名盤が多いと、勝手に思い込んでる。チャーリー・ヘイデンや、ジョージ・ムラーツなんかの傑作が頭に浮かんでくる。

 ジミー・ロウルズって緩そうだけど、レイ・ブラウンだから、きっと悪くないだろう。エリントンとの共演盤と比べたら酷だろうけど。安くて2枚組、曲数も多いし、なんて思って買った盤だった。そしたら、思った以上にジミー・ロウルズが緩かった。

 元々は別々の作品を2枚組にしたものだそうだ。2枚目の「TASTY!」の方が若干いいかな。レーベルはコンコード。コンコードって、この手の、ちょっと緊張感が欠けたようなのが多い感じがする。レーベルのイメージそのままの盤だった。

 でも夜中に小音量で聴くにはちょうどよいってことに、今日気が付いた。シチュエーションとしてはこんな感じ。冷え込んだ土曜の夜。ファン・ヒーターの低い唸り声と灯油の臭い。酒飲んだ後の、ちょっと濃いめのコーヒー。足にかけたフリースの上着。たまに調子の悪いおんぼろアンプ。そこに流れる、ズーンという弦ベースの、深い深い音。

# by pororompa | 2011-12-17 23:36 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 301】 MILT JACKSON / BAGS' OPUSsemスキン用のアイコン02

  

2011年 12月 10日

 いろいろ考えたが、もう少しこの「音盤的日々」を書き続けることにした。ただ、このエキサイトブログをいつまで使うかは分からない。広告を外すために有料契約したのに、ずるいやり方でこっそり携帯やスマートフォンからの閲覧に広告を付けていることに気付いたからだ。ブログごとの引越しを考えている。もっといい有料サービスがあるんじゃないかと思う。

 今日で55になった。四捨五入すると60だ。もうずっと頭の中で四捨五入し続けたので、逆にまだ五十代だと言い続けるようにしたい。自分から老け込むことはない。

 このところ気分的にはやや沈みがちだったが、先週末は古い友人と飲んで、久しぶりに元気を取り戻した。そう言えば昔はその友人達がよく言っていたっけ。ぼくと飲むと、自分が「これでいいのだ」と思えてきて、元気を取り戻せるって。今度はぼくがそうさせてもらった。

 もっとも、長い間ぼくを見てきた妻に言わせると、これは転勤一年目の症状であるという。前回も、その前も、もっとぼやき続けたけれど、出る時はいつもある程度満たされて出ている。そして新しい環境での激しいギャップ、その繰り返しだと言うことだ。そうなのかもしれない。

 このアルバムは長年の愛聴盤である。ミルトのリーダー作の中では、最高作であると思う。一度ばかなことをして盤面を傷めた。そしてCDを買ったのだけど、それこそLPとの「ギャップ」があり過ぎた。いきいきとしたこの音楽が、そのCDでは缶詰のようになり死んでいた。

 今日久しぶりにLPで聴いたら、思ったより傷みは少なかった。冬の日が入る冷え切った部屋に、冴々とヴァイブの音が響いた。

 なんて、いい曲ばかりのアルバムだろう。1曲目、「Ill Wind」でしみじみと始まる。ミルトがMJQ以外でなかなかいい作品がないのは、この人は「枠」が必要な人だからではないかと思う。いい額縁に嵌めないといきてこないのではないか。MJQではジョン・ルイスがいた。ちょっと窮屈になって飛び出した。でも、自由になってみると、とりとめがない。

 ここでの枠は、もちろんベニー・ゴルソン。本人の作編曲で、「I Remember Clifford」と「Whisper Not」の2大名曲の決定的名演が聴ける。ジョン・ルイスの「Afternoon In Paris」や、しっとりとしたバラード「Thinking Of You」も素晴らしい。リズム隊もオール・スター。アート・ファーマーのラッパも品の良いこと。同じ「オパス」でも、サボイの方より断然こっちの方が上でしょう。深みが違う。

# by pororompa | 2011-12-10 16:04 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 300】 YVES MONTANDsemスキン用のアイコン02

  

2011年 11月 20日

 図書館から借りた、金子光晴の息子森乾の「父・金子光晴伝 夜の果てへの旅」が無類に面白かった。戦争末期、光晴が山中湖畔に籠って反戦詩を書き、息子をわざと病気にさせて徴兵を逃れきる有名なくだりを、当の息子がどう書くか楽しみに読み進めていたら、残念ながら途中で未完に終わっていた。しかしたとえ未完であったとしても、世に出す意義は大いにある作品だった。そこでは光晴は美化されておらず、むしろその弱さをいっぱい持った人物像を、厳しく冷徹に描いているけれども、それでなお光晴の値打ちは損なわれないどころか、人物の面白さがいっそう溢れ出てくる、家族の絆や愛もほとばしり出てくる、そういう本であった。そしてなぜか気分が晴れ、創作意欲が湧いてくるような本であった。

 その余韻の覚めぬままに、光晴の詩を好んで歌っていた高田渡を聴いたり (そう言えば、友部正人は金子光晴に相当影響を受けたらしく、この「金子光晴伝」の書評をネットに書いていた)、カザルスのドヴォルザークを聴いたり、ガルデルのタンゴを聴いたりした。このイヴ・モンタンもシャンソン集もそんな中の一つだ。

 さて、金子光晴と言えば若き日のパリへの放浪も有名だ。このイヴ・モンタンもシャンソン集もそんな気分で選んだかも知れない。前にも書いたがぼくは子どもの時、イヴ・モンタンの4曲入りのレコードをよく聴いていた。それは「枯葉」「セ・シ・ボン」「詩人の魂」「バラ色の人生」の4曲だった。子どもが聴く歌ではないが、老成した5才上の兄の影響だったのだろう。

 モンタンは吹き込みも多いが、このCDから聞こえてくるのは子どもの頃聴き馴染んだそのレコードと同じテイクなのがうれしい。特に低い語りから入る「枯葉」は、これでなくてはいけない。これを聴きながら兄は言った。「フランス語というのは低音だからかっこいいのであって、これが声の高いやつだったらかなわんぞ」と。トルシエのインタビューを聞くたびにそれを思い出した。

 「セ・シ・ボン」なんかは今聴くと抵抗があるが、金子光晴の描くフランスがお上品な「おフランス」でないように、モンタンのシャンソンもけっして軽いばかりではない。太く豊かな低音のフランス語の響きに包まれながら、「枯葉」な秋の休日に身を委ねよう。外はすっかり晩秋だ。


 

# by pororompa | 2011-11-20 13:48 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 299】 PAUL DESMOND WITH THE MODERN JAZZ QUARTET / THE ONLY RECORDED PERFORMANCEsemスキン用のアイコン02

  

2011年 11月 13日

 悪夢を見た。比喩的な表現でなく、本当に嫌な夢を見て目が覚めた。知り合いの先生が登山かなんかで遭難して、捜索隊を出すだので騒ぐ夢だった。起きると頭が痛く、肩がびっしり凝って気分が悪かった。

 多分現実生活で嫌なことが重なったためだろうと思う。不注意から追突事故を起こしてしまい参っていたところに、夏休み前に学校で泥棒にPCを盗まれた事件の管理責任を問われて「訓告」を言い渡され、さらには扶養家族の件で何かよく分からない問い合わせがあり、心労を感じて昨夜は早く寝たのだった。

 必要な書類を書いたり、事故の被害者に謝りに行ったりして、少し心も落ち着いた。幸いにも被害者の方がとてもいい方だった。なんと偶然にも娘の卒園した幼稚園の先生だったりした。元気も少し出たので、事務局長をしている団体の集会の郵便物を作りながら午後を過ごした。

 音楽に癒しの効果があると思っている。モーツァルトや、カザルスのチェロなどをかけたが、ジャズもいいものだ。ポール・デスモンドなんかは最適の部類だろう。タイトル通りMJQとデスモンドの唯一の共演の記録と言われるこの作品は、長年の愛聴盤である。中でも最高に気に入っているのが、「Blue Dove」と「Jesus Christ Superstar」だ。

 「Blue Dove」は、メキシコ民謡で、原題が「La Paloma Azul」というらしい。デスモンドの選曲によるもので、MJQのレパートリーにはこの曲はない。甘い協和音の世界の中で、うっとりするようなデスモンドのアルトが流れていくのは、何度聴いてもいいものだ。続くミルトのソロが素晴らしい。何でもこの演奏は元々ジョン・ルイスの秘蔵録音だったらしいが、よくぞこれを残しておいてくれた、世間に発表してくれたと感謝せずにおられない。

 「Jesus Christ Superstar」は、当日がクリスマス・コンサートであったための選曲らしいが、これもMJQが演るのは聴いたことがない。デスモンド自身も初演奏だったということだ。コニー・ケイの入れるパーカッションも効果的で、印象に残るナンバーである。

 青地に白い文字だらけのこのジャケットも、素っ気ないと言えば素っ気ないが、なぜかぼくは好きだ。

# by pororompa | 2011-11-13 15:55 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 298】 山本邦山 / 銀界semスキン用のアイコン02

  

2011年 10月 29日

 尺八の山本邦山が、ジャズのピアノ・トリオと競演した有名な作品である。録音は1970年、演奏は菊地雅章のピアノ、ゲイリー・ピーコックのベース、そしてドラムが村上寛となっている。

 このLPを買ったのは学生の頃だが、やはりそう日常的に聴くような音楽ではないから、前回いつ聴いたか記憶にない。20年以上、ひょっとしたら30年、針を落とされることなくLPの棚で眠っていたかも知れない。

 どうしてこれを聴く気になったかというと、図書館から借りてきていた本に、邦山の「尺八演奏論」という本があったからだ。尺八に特に興味を持っているわけではないが、演奏家の言葉は興味深いものが多い。

 この本を読むと、思ったより邦山はジャズに惹かれていたことが分かる。彼が惹かれているのは、ジャズの躍動性より、ジャズの即興性だった。彼は五線譜も自在に読み書きできるし、クラシックの演奏家とも多く共演しているが、指揮棒の通りに演奏しなくてはならないような音楽よりも、その場で創り出していくスリリングな音楽の方が、自分達の音楽の世界に近いというようなことを書いている。

 尺八自体は無拍の世界を得意としているので、きちんとビートを刻んだりスウィングしたりするような音楽には合わないが、即興芸術音楽としてのジャズに、演奏者としての快さを感じているのだ。そこの所をよく分かっていたのが菊地で、無理にジャズの方に寄らずに、尺八の方の流儀でやってもらっていいという注文だったそうだ。

 久しぶりに聴いてみると、しっくりと溶け合った音世界が表れて、改めて驚いた。しかしである。世界中の民俗音楽はモードによる即興主体の音楽だ。尺八の奏でるメロディーなどはモードそのものだ。一方ジャズはというと、モードに流れて、中にはビートまで喪失した自由な即興もその範疇に含み、あらゆるタイプの即興芸術音楽を指すように変化していった。この時代の菊地雅章などはその先頭を走っていたような演奏家である。そんな即興音楽の精鋭達がモードで即興すれば、うまくいくのもそう不自然なことではないのかもしれない。

 リズム隊がまたいい。後のスタンダード・トリオで巨匠化するベースのゲイリー・ピーコックだが、京都で暮らしていただけに日本への理解は普通の外国人の比ではない。そして、ドラムの村上寛が、この世界に見事にはまった音を叩いている。本当に音楽的なドラマーだなと思った。

# by pororompa | 2011-10-29 19:00 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01【音盤的日々 297】 KENNY DORHAM / QUIET KENNYsemスキン用のアイコン02

  

2011年 10月 23日

 存分にジャズを聴いた。近頃は「音盤的日々」にまだとりあげてない作品を聴くような癖が付いて、自分で窮屈になってきた。この連載も300で一区切りにしようかなと考えている。この週末は何も考えず頭に浮かぶ物を次々聴いていった。

 この作品はまだ書いてなかったようなので、ここにとりあげている。「静かなるケニー」と題されている作品だが、ジャズで「静かなる」のタイトルは、ちと変わっているような気もする。聴くとなるほど、ある種の静かさというか、寂しさのようなものが感じられる。淡泊と言ってもいい。達観したようなラッパの音色が全編に流れる。

 ワン・ホーンである。この人がどういう人であるのか、ピアノ・トリオをバックに4、50分も語らせればだいたい分かってくるというものだ。だが、静かなばかりでもないようだ。「おれが王様だ」とかおよそ言いそうのない人だが、控え目で枯れた音色の中に、いつも明確な歌が溌剌と流れている。

 ピアノは「名盤請負人」の異名を持つトミー・フラナガン。「アローン・トゥゲザー」なんかではトランペットの音の隙間に、パラパラと哀愁の響きなんぞを散りばめて、主役をしっかり引き立てる。ベースはポール・チェンバーズにドラムがアート・テイラーとくればもう出来上がりだ。この職人的ドラマーは、この時代の録音に頻繁に顔を出すわりにそれほど話題になる人ではないけれど、「静かなる」というご注文なら注文通りにうまく叩く人ではあるなあ。

 ラストは「マック・ザ・ナイフ」でやや明るめに終わるけれど、「ちょっと哀愁風味でいってみましたけど、いかがだったでしょうかあ~?」と笑いながら去っていく感じがして、それもまたよい。

# by pororompa | 2011-10-23 15:47 | 音盤的日々 | Trackback | Comments(0)

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